鄙(ひな)にも都市(まち)にも

聖公会神学院校長 司祭 ミカエル 広谷和文

クリブを見ると思い出す匂いがある。牛舎の匂い、厩の匂いだ。この匂いが厩(福音書にはこの小屋について、何も記されていないので牛舎かもしれない)に充満し、御子イエスの眠る飼い葉桶を包む。それは厳寒の厩、牛舎の干し草の匂い、馬や牛の太く白い息の匂い、糞尿の匂い………。それは懐かしい生き物の匂い、生活の香り、生きていることのしるしに違いない。

かつて私は日高地方のあるコタン(集落)にいた。今から4半世紀前の話である。そのコタン、N町のS.F教会。月に2回の礼拝の一つは夜7時から行われる。時間が近づくと、方々から牛屋さん、馬屋さん、水田農家の人々、そして町に勤めている人々が、町の中心から15キロ離れたこの教会へ集まってくる。

酪農農家の仕事は時間通りにいかないことが多い。仕事が長引くと7時には集まれないこともある。そんな時は、予定の顔ぶれが揃うまで、待つしかない。そして全員の顔(約20名)が揃ったところで日曜日の聖餐式が始まる。だから7時が8時になることもまれではないが、いくつかの話題を口にしながらみんなを待つのは楽しかった。やがて厩や牛舎からそのまま、聖堂に直行した人々が集まって礼拝が始まる。心なしか、その匂いが聖堂にももたらされる。

クリスマスもそれと似たようなものだ。いつもと違うのは、礼拝後それぞれ一品持ち寄った飛び切り上等なご馳走を広げ、時を忘れ、苦労を忘れ、寒さと悲しみを忘れていつまでもいつまでも語り合うことかもしれない。深夜になって必ず登場するのは絞って一升瓶に入れたままの牛乳。それを何本も何本も大鍋に注ぎ、温める。脂肪分が浮いてこってりとした膜を作る。カップについだ牛乳がみんなにいきわたったところで、「聖しこの夜」を歌い、心ゆくまで牛乳を飲む。五臓六腑に沁みる熱い牛乳のうまさ。忘れられないクリスマスの光景である。

〈牛乳の大鍋囲む降誕祭   和文〉

 生活の匂いが薄れ、命の香りから遠ざかる現代の都市生活の中で、ふと降誕祭には、あの家畜の匂いがふさわしいと思う。生活の香り、生きていることのしるしがほしい。メリークリスマス!主の祝福が鄙(ひな)にも都市(まち)にも豊かにありますように。

 

下手くそなりに、ただ歌い続けた11年間

サムエル 永田雄一

 12月9日、主日礼拝のあと礼拝堂で、私が所属するアカペラグループ「OMU☆CHA(おむちゃ)」のライブを開催します。

昨年に引き続き2回目の開催で、今年も入場料金の売上全額を「いっしょに歩こう!プロジェクト」の東日本大震災被災者支援活動へ寄付させていただく予定です。昨年は44,000円をお送りすることが出来ましたが、今年も、きっと多くの方にご協力いただけることと思います。

OMU☆CHAは日本で唯一のアカペラコミックバンドを自称して活動しています。

小さな子どもから年配の方まで親しみやすい演奏形態ということもあり、商業施設のイベントや、パーティーなど様々な場所に呼んでいただいていました。しかしながら、今年いっぱいで12年間の活動に幕を閉じることになり、ミカエル教会でのライブがOMU☆CHAにとって最後の演奏会となります。

わたしがOMU☆CHAに入ったのは、2001年、会社の転勤で広島から東京に移ってちょうど1年が過ぎたころです。新しい仕事にも慣れ、仕事以外に何か趣味を持とうかと、軽い気持ちでインターネットのメンバー募集に応募したのが加入のきっかけでした。

加入当初は、あくまで週末の趣味として、気楽な気持ちで毎週1回の練習に通っていました。しかし、イベントやライブハウスで、他のアマチュアのアカペラグループと共演すると、ハーモニーや歌の巧さでは全く及ばず、実力の差が歴然としていました。
アカペラという音楽は、少しでも音程がずれると心地よく聴こえないので、非常にシビアな演奏が求められるのです。

私はどんなに練習しても音程を合わせることが出来ず、何度も辞めようと思いました。そこから血のにじむような努力をして…という「スポ根」のような美談は残念ながらありません。下手くそなりに「ただただ」毎週、歌い続けていただけです。「巧い演奏よりも、喜ばれる演奏をする」という気持ちは、メンバー一同が一致していました。その目標に向かって、毎週、毎週、声を重ねあう事で、ゆっくりとしたスピードですが、成長し、他のグループには出せない一体感を生むことができました。
今では多くの人に喜んでいただける演奏ができるようになったと思っています。

職業も年齢も性別もバラバラの5人が集まって、1つのものを作るには、色んな衝突や苦労もありましたが、一緒に歌い続けた今では5人のメンバーは、まるで本当の家族のような関係です。これだけ打ち込めるものと出会い、同じ気持ちを持てる仲間と出会えたことは、本当に感謝しています。今後の人生で、同じくらい時間をかけて何かに打ち込むことはなかなか無いかも知れませんが、この経験を生かして、より多くの人の役に立てることができればと思っています。

 

エリザベツ岡田初子さんを偲んで(その2)

アグネス 大野由里

岡田初子さんが神様の下に召されて、1年が経とうとしています。お親しかったOさん、Aさんより岡田さんを振り返り語って頂いたお話を、大野由里が文に起こし寄稿させて頂きます。

 Oさんは一時期とぎれない悩みがあり、よく岡田さんのお宅に行ってお話を聞いてもらっていたそうです。1時間の時もあれば、2時間の時もあり、ひとしきり話が終わって「岡田さん帰るよ。」と言うと「もう帰るの?」と引き止められる事が多く「そういう時は、また来てねって言ってよ。」と言ったそうです。岡田さんの家にはずいぶん行ったわねとおっしゃっていました。岡田さんがTさん宅を訪ねて、帰らなくちゃと言いつつも1時間くらいのびのびになって、ご主人に「不良ばあさん」と呼ばれていて、帰る時は帰るOさんに「あんた偉いわね」と言っていたそうです。

 Oさんは以前から区に介護申請するように何度も何度も勧めていましたが、ガンコ者の岡田さんが首を縦に振る事はありませんでした。また、民生委員をしていた仲の良かったお隣の方も何度も勧めましたが、介護申請をしませんでした。生前、Oさん、N.O、由里と3人で岡田さん宅を訪ねる事がありました。4人で雑談をしている時たまたまテレビの脇にあった「区のしおり」の本がバサッと落ちてきました。話をしながらNが何となく中を読んでいたら、日曜日でも介護申請ができるというのを見つけ、すぐに福祉課に電話をし、その場で介護申請の申し込みをしたという経緯があります。その晩に岡田さんから大野宅に電話があり「私決心したわ。もう言われる通りいたします。」とお話した覚えが私にもあります。私は嬉しくて、そのあとすぐに嘱託司祭である関先生に、電話でご報告をしました。その後ヘルパーさんが週1回トイレ掃除や身の回りのお世話をこまごまとしてくれて助かっているとOさんにお話をしていたそうです。仲の良かったお隣の方は、「おばちゃん、今日は何食べる?」と聞いて、毎朝晩2回ご飯を持ってきてくれたり、おしゃべりを楽しんだり、お互いを支え合う仲でした。

Oさんのお話では、亡くなる当日も岡田さんは、お隣さんが持ってきた朝食を8時半頃に食べ終え「食べられる時に食べなくちゃ」と言っていたそうです。普段の岡田さんの朝食の時間はもっと遅いのだそうです。そして、また夕方4時頃訪ねると、部屋にはおらず、探したらトイレで倒れているのが発見されました。まさか亡くなっているとは思わないので、人を呼びましたが、息絶えているという事で警察に連絡し、検死の結果午前11時頃亡くなった事が確認されました。その後教会にも連絡が入り、関先生が駆けつけました。亡くなる少し前の時「目眩がする」とお隣の方は聞いていて、病院に行く事を勧めましたが「目眩くらいで病院なんか行ってられないわ」と一蹴されました。無理にでも連れていけば良かったと悔やまれましたが、ガンコ者で病院嫌いの岡田さんを連れていくのは難しかったのではと思います。

でもいいように考えると、1人暮らしで病院が大嫌いだった岡田さんが、その日のうちに発見され、入院もせずに天に召されたのは本望だったかもしれないとOさんは言います。病院が嫌いで入院したくないという思いを神様が汲み取ってくれたのではないでしょうか。

岡田さんはいつもお一人でオルターをやっていて、オルガンの練習をしていたAさんがベストリーに入っていくと、Oさんの話ばかりしていたわと言っています。OさんもAさんも岡田さんと一緒にいると落ち着くとおっしゃっていました。

教会でも毎週最後まで残っていて、みんなが帰った後にお台所を片付けていました。またお昼のカップラーメン代も岡田さんは受け取ってなく、全て献品していたと思われます。Oさんが「貰ってるの?」と聞くとニヤニヤして返事がなかったそうです。

以前はOさん、岡田さん、Tさんで上野の奏楽堂の音楽会に年2回は行ったり、山田親さんの以前のお宅に伺ったり、石坂先生と姉妹会で足利へ藤を見に行った事もありました。Oさんにとって岡田さんは、名親でもあり東京のお母さんという存在だったそうです。悩みがあり切なくなって岡田さんに聞いてもらって随分助けられたとおっしゃっていました。

岡田さんが長きにわたり、支えてくださった教会を今後は私たちが守り、また信徒が少しでも増えていく事を切に願っております。

 # Oさん、Aさん長時間お話をして頂きありがとうございました。

日本聖公会<宣教・牧会の十年>の提言について

パトリック 山田 益男

 2012年9月14日(金)から17日(月)の日程で、浜名湖畔の研修施設「カリアック」に、すべての教区主教をはじめ各教区代表、管区諸委員会、そして大韓聖公会からの代表など信徒・教役者140余名が集い、「2012年日本聖公会宣教協議会」が開催されました。そこで、日本聖公会<宣教・牧会の十年>が提言されました。

 今回の宣教協議会で、わたしたち日本聖公会の宣教の原点は、教会内の牧会はもちろん、教会のある地域全体に対する牧会的働きをていねいに実践していくこと、その地域にある課題、そしてこの世界にある課題に誠実に取り組むことにあると再確認しました。

 悲劇に満たされたこの世界・社会において、絶望の内にある人びとのかすかな声に耳を傾け、声を出せない人びとの「声」となっていくこと。圧倒的に希望を奪われた状況の中に生きる人びとに対して、「にもかかわらず」、神の祝福“<いのち>の喜び”を語り続けること。それがたとえ、か細い声や小さな祈りであったとしても語り続けること。これらはわたしたちが、東日本大震災支援の「いっしょに歩こう!プロジェクト」の働きから学んだことでもありました。

 日本聖公会が新しい共同体となるために、わたしたちは過去の歩みを謙虚に省み、神への信頼と希望をもって歩みだします。キリストの救いと喜びをこの世に現すため、またサクラメントをとおして与えられる神の恵みに多くの人びとを招くために、み言葉と礼拝への思いを深め、ともに祈ります。教会は、特に癒しと解放を求める人びとに心を通わせ、一人ひとりの<いのち>を宝とし、地域(パリッシュ)そしてすべての被造物とともに主の救いに与ることことを願います。

 わたしたちは、これからの十年間を『日本聖公会<宣教・牧会の十年>』と名づけ、日本聖公会のすべての信徒・聖職、教会・教区が心を一つにして、それぞれの場、それぞれの形で、以下の諸項目を中心とする<宣教・牧会>に徹底して取り組むことを提言します。その動きを推進するための機関を管区と各教区に設置し、相互に協力しながら新たな共同体づくりをめざします。どのような機関がふさわしいのかについては、管区においては常議員会に、教区においてはそれぞれのしかるべき機関に付託し、新たに歩みだすことを願います。

 今回の宣教協議会で話し合われたことを踏まえ、聖公会が大切にしてきた教会の5つの要素、宣教(ケリュグマ)、奉仕(デイアコニア)、証し(マルトゥリア)、礼拝(レイトゥルギア)、交わり(コイノニア)に基づいた提言がなされています。この教会の5要素と全世界聖公会の宣教の5指標の概念を以下に示します。

 なお、この提言のオリジナル全文は教会ホールに掲示しておきます。

講演会「定住者のない教会における信徒の働き」の報告

パトリック 山田 益男

 去る11月17日(土)午後1時から城南教会グループ牧師協議会主催の講演会が当教会を会場にして開かれた。テーマは「定住教役者のいない教会における 信徒の働き」とし、発題者は東京聖三一教会信徒の尾沢姉、東京聖十字教会信徒の高頭兄、小金井聖公会信徒の三宅兄、そして当教会信徒の山田益男であった。この講演会を企画した城南教会グループ牧師協議会の趣旨は、5年後には「定住教役者のいない教会」が急増するという事態が避けられない東京教区の状況を踏まえ、現在その先取りをしている教会の苦労と対応を教会の枠を越えて知ることによってその準備態勢を整えることに、更には、平日は扉が閉じている当教会の状況を踏まえ、グループの行事を当教会で開くことで扉が開かれる機会を増やしたいという思いもあったようである。城南グループを越えた30名ほどの参加があった。

 私達の渋谷聖ミカエル教会は2年半前から、牧師館に定住者がいない状態となっており、大森聖アグネス教会牧師の神崎和子司祭が管理牧師をして下さっています。小金井聖公会は今年4月から、同様に定住者がいない状態となり、立川聖パトリック教会の牧師の菅原裕治司祭が管理牧師をなさっておられます。このような管理牧師の形態は選任の牧師がいないときに従来から採られてきたものです。これとは異なる形態として、聖三一教会と聖十字教会は今年4月から、2つの教会を一人の司祭が牧師として司牧する兼牧という新たな態勢が採られました。このような状況にある教会から一人ずつの発題者が現状報告と問題提起を行いました。

 聖三一教会の尾松姉が紹介した信徒の意識は、当教会信徒の意識との差異が際立っていました。聖三一教会は、信徒数も多く教区内でも5つの指に数えられる大規模教会で、定住者のいない教会を経験したことのない教会ですが、信徒の自立心は旺盛です。10のお仕事グループに信徒が参加して教会活動を担っておられるとのこと。週報の作成も牧師に頼らず信徒がし、平日も信徒が事務室に詰めていて教会の扉が開いているとのこと。今回、兼牧という形態となり、牧師が月2回の主日不在となりますが、殆ど問題はないということでした。教役者は人事異動で替わるものだから教会は信徒自身が守り育てるものとの力強い発言がありました。

 聖十字教会の高頭兄は、今までも度々牧師不在で定住者がいないという経験をしてきたが、今回は牧師館に定住はしていないが、兼牧という新しい形態となって、それとの差異を報告された。管理牧師ではなく牧師という立場で教会に関わっていることが、信徒の受け止め方にも大きく影響したとのことである。具体的な関わりは月2回の主日勤務、週1回の定日、日中は教会に詰めての勤務というものが主であるが、従来の管理牧師との関係より距離感が近いものとなっているとのことでした。それには牧師のパーソナリティーも少なからず関係しているとも述べていました。平日留守がちとなる状況についてはナンバーシリンダ付きのキーボックスを設置しておき、平日教会に来られる信徒が鍵をだして教会に入れるようにしているとのこと。また、近所に重鎮信徒が住んでいることも大きな助けになっているとのことでした。

 小金井聖公会信徒の三宅兄は、創立72周年目に巡ってきた試練であったが、信徒が協力して教会を支えているとのこと。留守番当番を決め、日替わりで信徒がこれに当たっている。平日に何度も教会に来るようになった。信徒の連帯感が強まったことがメリットといえる。デメリットは求道者に対するケアーが出来ていないこと、近隣とのつながりが希薄化することであると報告された。当教会に最も近い状況と思われました。

 当教会の山田からは、急に定住者のいない教会という状況となって、どの様な対応をとってきたかを紹介しました。まず、主日の対応ですが、週報を誰が作り誰が内容を確認し、誰が印刷するか。作るためにはABC年の日課、代祷表(管区・教区)の使い方の習熟やその週の誕生者、逝去記念者の拾い出し、そしてオーガニストと選定聖歌の連絡が必要となることを担当者が試行錯誤の中で習得したこと。礼拝の準備と後かたづけについては、式典色にあわせた祭壇のフロンタル等のオーナメンツと司式者が着ける祭服の準備、チャリス・パテン及び聖品の準備と在庫管理、蝋燭やテーパー、香と炭等の状態と在庫管理。礼拝後のチャリス・パテンの洗浄とピューリフィケータとラバボタオルの洗濯とアイロンかけ等が必要です。オールターギルドがしっかり育っていれば概ね対応できるのですが、当教会の場合、メンバーが老齢化し対応が難しい状況にありました。幸い小生は若いときから祭壇奉仕を担い、研修も受けてきましたので新しいメンバーに協力頂きながら、対応してきました。平日の教会・牧師館の維持・管理については、教会のスペアキーを必要数作り、特定者に保持してもらい使用するようにした。牧師館の風入れや掃除など定期的にする必要がある。信徒への連絡と問安についての対応では、信徒への礼拝・行事の案内通知、誕生者への祝のはがき準備、逝
去記念関係者へのレクエム案内、教会報の作成と発送など分担して対応している。定住者のいない教会となった経験を通してプラスとなった面は、信徒の聖職依存意識が変えられ、信徒の働きが活発になったことであろう。しかし、信徒の高齢化が進んでいる状況では今の状態を長く続けることには無理がある。

 いま、当教会が困っている事柄は平日教会を訪問される方への対応が取れていないこと、普段聖堂の扉が閉じていること、高齢者と病者の訪問がなかなか出来ないことである。

 当教会では今後、教区内に定住牧師のいない教会が増えることが予測される中で、各個教会には教役者に協力して仕事を補佐する信徒の養成が急務と考え、牧会補助者養成を目指した信徒講座の開設を来年4月を目処に企画していることを紹介し、併せて若い信徒の養成講座としてボランティア活動の経験を基礎とするフィールド学習講座についても紹介しました。

 最後に大畑主教が発言され、信徒の方々の活躍に期待を寄せると共に、司祭の一国一城の主意識をなくし、教区の聖職団として協力して全教会の牧会の責任を取る意識を育てたいと話された。

 以上各教会の経験や対応を聴き当教会としても参考になることが多かったように思います。教会の留守対策として、週の一日は教役者が詰めている日を作ったり、信徒が交代で留守番当番に当たるなど、各教会の工夫が紹介された。来年に向けて当教会でも協議していきたいと存じます。

オープンチャーチの振り返り

ルシア 布川 悦子

 8月に行われたオープンチャーチの「振り返り」を10月28日の礼拝後、昼食時に行いました。当日のメニューのひとつであった「焼き鳥」のほかに、野菜も炭火で焼き、さらに成先生が本場のチヂミを焼いてくだいました。成先生の腕前に、皆大喜びでした。美味しい昼食をいただきながら、次のような意見が交わされました。

1.開催時期

 今年のオープンチャーチは、真夏の日盛りに通りを歩く人もほとんどないような状態でしたので、次回はもっと気候の穏やかな季節に行いましょうという意見が出されています。候補としては、6月ごろかミカエル日があがっています。ミカエル日に、普段教会に入りづらいと思っている人たちにも来ていただけるように、そして、主教様との交わりもできたらよいのではという意見が出されました。さらに、年に1・2回ではなく、もっとこまめに開きたいという意見も出ています。

2.食堂形式

 楽しく食事をしながら思いついたことは皆同じでした。近隣の方との交流を主体として、バザー形式ではなく、食堂形式で行おうという意見が出されました。残念ながら今のミカエル教会には、バザーで販売する品物を調達する力がありません。しかし、食事なら、青年会(といっても、30代から40代が中心です)が今は集まってきていますし、姉妹会も腕をふるってくださいます。チヂミの焼き方も成先生から伝授していただきましたので、次回のオープンチャーチのメニューにしたいという声もあがっています。

 今回のオープンチャーチには、週日にホールを利用している「広尾九条の会」の皆さんも参加してくださいました。ようやく育ち始めた近隣の方との交流を育ててゆくためにも、気負わずに、普段の日曜日の食事に少し手をかけるような気持ちでオープンチャーチの回数をできるだけ増やしていけたらと思います。

 最近は青年会と姉妹会が当番を受け持ち、昼食には健康的な食事が準備されています。せっかくのお食事をもっとたくさんのメンバーと一緒にいただけたらと思うことしきりです。そこで、1月20日の昼食時に「餃子パーティー」を開くことになりました。これは食べることも作ることも大好きな青年会からの提案です。どうぞ皆さんの予定に入れてください。この日をできるなら、ミニオープンチャーチとして近隣の方にお知らせしたいと考えています。

 教会に笑顔があふれるなら、出会う人は「教会とは何だろう」と感じるのではないかと思います。ひとりひとりが教会に足を向ける姿も、私たちにできる宣教のひとつであるはずです。一緒に感謝と賛美の礼拝をささげ、食卓を囲んで楽しい一日を過ごしたいと思います。

◆12月-2月の予定

12月30日(日)

降誕後第1主日

司式・説教は、香蘭女学校チャプレン 高橋宏幸司祭がご奉仕くださいます。

1月1日(火)

ミカエル 新年礼拝

11時から信徒による「み言葉の礼拝」をおささげいたします。礼拝後、新年会を計画しています。

1月5日(土)

教区 新年礼拝

午後2時から聖アンデレ主教座聖堂で行われます。

1月6日(日)

新旧合同教会委員会

昼食後、新年第1回目の教会委員会が開かれます。

1月20日(日)

餃子パーティー

昼食時に、ミニオープンチャーチを兼ねて行う予定です。皆さんの予定にぜひ組み入れてください。

2月3日(日)

受聖餐者総会

礼拝後、聖堂で受聖餐者総会を行います。一人でも多く方の出席をお願いいたします。