今の時代に生きる日本人に信徒がキリストの福音を伝えるために

はじめに

 私は先に信仰を持たない現代日本人向けにキリスト教紹介文「門前の小僧の辻説法」を渋谷聖公会聖ミカエル教会のホームページに(第32話までは聖公会新聞にも)連載してきました。これらの方々(いわば囲いの外の羊たち)への宣教は教会の活動として、重要でありながら、今まで私たちの教会はあまり手をかけてこなかったという思いがあり、教会用語をできるだけ避け、誰にもわかる一般用語を使うことを心掛けての発信を10年ほど手掛けてきました。しかし、聖職者の減少という昨今の教会事情の中で教会の働きを考えますと、宣教の働きを聖職者に依存してきた私たちの教会は教会としての本来の働きが果たせない危機に直面していると認めざるを得ません。信徒(囲いの中の羊)が聖職依存度を低くし、信徒としてできることで宣教に積極的に参与するように体質改善することが急務であると気付かされました。今まで私たち信徒は、中心に居られる牧師(牧者)に飼われた羊の群れとして礼拝と交わりに与かり、また、苦しい時には励ましとご指導をいただきながら居心地の良い教会に安住してきました。その結果、教会の外への係わりがおろそかになり、信徒の宣教への意識は低下し、子弟への信仰伝承さえも難しい状態となっています。そもそも聖職者の減少の原因は要するに若い人たちへの宣教ができていない結果であるといえましょう。若い信徒が増えないから、信徒の高齢化が進むと共に、聖職に召される人も出にくくなっているということだと思います。

数少なくなった聖職方に私たち信徒が今までのような負担をかけていてはもはや教会が成り立たなくなっています。そこで、信徒が自らの宣教責任を認識すること、信徒が自らの信仰を見つめなおし、信仰を自分のものとして囲いの外の羊に向き合う姿勢をもつことが今の時代に教会が教会としての働きを回復する上で、必要なことと思慮する次第です。そして、私と同じ思いを共有してくれる信徒が増えることを願い、この「門前の小僧の信徒談義」を書くことを発起しました。これをたたき台にしていただき、信徒として、自らの信仰を整え直すと共に、クリスチャンでない日本人にもできるだけわかる言葉で、キリスト教の教理を発信する信徒が増えることに繋がればと願っています。正規に神学を学んだわけでは私の文は、危ういところも多いかと存じますが、諸先輩方のご指摘を頂ければ幸いと存じます。