今の時代、多くの若者は情報をネット上で探しています。直接専門家のところを訪ねて相談するということは、なかなかハードルが高いことですが、ネット上ではあらゆる分野の情報が沢山提供されておりますので、彼らはこれを簡便な情報を得る生活ツールとして常用しています。勿論、これらの情報には怪しげなものも多くありますが、それを彼らなりの感覚で取捨選択しているのです。現状に悩みを抱えつつ救いを求めている人たちも決して少なくなく、その方々向けに教会がメッセージを発信することは今という時代に大いに有効なことであると考えます。私は常々、インターネットを用いた福音発信は、グーテンベルクの印刷機の発明が聖書の民衆への画期的な普及をもたらせたことに匹敵する絶好のチャンスであると申し上げてきました。各教会はホームページ上で教会案内を発信していますが、外の羊向けの福音メッセージの発信という点では十分とは言えません。なかには説教内容を発信しているところも見受けられますが、説教は信徒向けに作られていますから、教会用語が多すぎて一般の日本人には馴染めないように思えます。現代人、特に若者にも理解できる言葉を使い、相手の反応をよく推察して、相手の心に届く福音発信の準備をする必要があると存じます。もしも教会からのメッセージが彼らに荒唐無稽と受け取られてしまえば、それが彼らに届くことはありませんから。

 

外の羊と日々働きや生活を共にしている信徒は、彼らの価値観や発想については教会内で働いておられる聖職者たちより熟知しているはずです。自分が感動した事柄、福音と感じとった事柄を彼らの心に届く言葉で発信すること、これは私たち信徒の役割というべきでしょう。神学的な正しさ、厳密さを心配するより、70点メッセージ発信を心掛け、求道者を教会の門まで連れてくることを考えたいと存じます。私事で恐縮ですが、この思いから普通の日本人にもわかる言葉の使用を心掛け、小生は「門前の小僧の辻説法」を当教会のホームページ上に連載する形で10年ほど前から書いてまいりました。一部は小冊子にして配布したり、聖公会新聞にも掲載して頂きました。しかし、聖公会新聞は廃刊となってしまい、一教会からの発信ではなかなか人々に届きにくいということ、内容も一信徒が書いたもので的確な発信情報とは言えないことは勿論ですし、とにかく年寄の書いたものですから、若者向けのメッセージにはなり得ません。同じ思いを持つ信徒の手によって多くの教会で同様の発信を始めていただきたいと強く望んでおります。各教会のホームページに同様の発信がなされれば、多くの人たちの目に触れることになりますし、沢山の人が発信してくだされば、若者向けだけでなく、婦人たちにわかりやすいものなど、多様なタイプの人々に届く発信が可能になると存じます。さらには多くのソフトができれば、管区や教区においてそれらを編纂し聖公会としての標準テキストをつくり、各教会がホームページにリンクを張って発信できるようにすることが可能となるでしょう。そうなれば、このインターネットを用いた福音発信はより効果的なものとなるものと存じます。

 

「門前の小僧の信徒談義」の第1部は今の時代に生きる日本人に信徒がキリストの福音を伝えることを考えつつ、私自身の信仰理解を整理したもので、渋谷聖ミカエル教会のホームページ(http://shibuya-michael.com)に「信徒談義」として掲載しています。