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	<title>渋谷聖ミカエル教会ホームページ</title>
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	<description>渋谷区広尾の閑静な住宅街にたたずむ教会「渋谷聖ミカエル教会」のホームページです。日本聖公会東京教区に属する渋谷の教会です。</description>
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		<title>教会会報 「ひろば」 ～ 2012年4月7日号～</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Apr 2012 21:17:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>susumu.y</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[予定・報告]]></category>

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		<description><![CDATA[「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさってここにはおられない」
管理牧師　司祭 グレース 神崎和子
「主のご復活を共に祝いたいと思います。
主イエス・キリストは、十 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: small"><strong><span style="font-size: medium">「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさってここにはおられない」</span></strong></span></p>
<p style="text-align: right">管理牧師　司祭 グレース 神崎和子</p>
<p>「主のご復活を共に祝いたいと思います。</p>
<p>主イエス・キリストは、十字架の上で私たちの罪を全部背負われて、殺されました。そしてかねて言われていたように復活されたのです。</p>
<p>十字架の死、そして墓に葬られ、復活されたイエス様が、私たちにも語りかけて下さいます。空の墓の中で混乱した女性たちと同じように、時と場所を超えて、私たちに語られています。イエス様の復活の出来事は突然に、私たちにも襲ってくるのです。しかしそれは人間の言葉を持っては説明するには限界がある出来事なのです。つまり他者に説明する言葉を持たないほどの出来事なのです。しかし、驚くべきリアリティーをもって私たちにも訪れるのです。復活されたイエス様は理性的な認識を超えたものです。しかし「復活の主」との出会いは必ず私たちにも起るのです。</p>
<p> ２千年前、女たちは、空っぽの墓から逃げ出してその後どこへ行ったのでしょう。弟子たちのところでしょうか。それとも自分たちの生まれ育ったふるさとガリラヤでしょうか。   彼女たちは呆然と歩き続けたのかもしれません。墓の中にいた若者（天使）は「イエスはあなたがたよりも先にガリラヤに行かれる」と言われました。その不思議な言葉に導かれて、あの出来事は何であろうかと行く道々、取り付かれた者のようになって歩いていたのかもしれません。あの墓での出来事は現実なのか幻なのか、イエス様との過去の記憶と交錯させながら、なんとか言葉を編み出そうと歩き続けたのではないでしょうか。</p>
<p>  ガリラヤの地は最初にイエス様に出会った場所です。イエス様の語る神の国に目を見張り、それまでの自分たちを縛りつけていた、呪縛から解き放たれた出会いの場です。そこに帰り、そこでもう一度イエス様と生き直すこと、それは「復活の主」に出会った出来事と言えるでしょう。</p>
<p>  空の墓へと遡って過去の出来事に思い巡らすだけでなく、今現実に私たちの中にイエス様は生きておられるのです。特に抑圧された人、差別されている人、苦しみの中にある人、これらの人々の中に復活のイエスはおられるのです。小さくされている人々に出会うとき、イエス様は「復活」して私たちと共にいてくださるのです。</p>
<p>  イエス様の「ご復活」は「主が共にいてくださる」という確実な信仰を私たちに生じさせる事実なのです。</p>
<p><strong><span style="font-size: medium"> </span></strong></p>
<p><strong><span style="font-size: medium">迷える羊・ストレイシープ（STRAY SHEEP）</span></strong></p>
<p style="text-align: right">ベネディクト 河野 正司</p>
<p>大斎節第一主日にお話しさせて頂くことに感謝申し上げます。</p>
<p> 　聖ミカエル教会において４０年を越えるお交わりを頂いていますので、いまさらでもありませんが簡単に自己紹介させて頂きますと、私自身は歯科医であると共に歯科医師育成のために大学の教師として働いてきました。いまも働かせてもらっています。東京医科歯科大学を卒業後母校に２５年勤務し、その後新潟大学に招かれ単身赴任して２０年を経ようとしています。新潟大学歯学部の門前には日本聖公会中部教区新潟聖パウロ教会があり，時には礼拝に出席させて頂きますが、週末には本教会の礼拝に出席するため、また家族と共の時間を過ごすために東京に帰ってきます。私が帰らないと、ミカエルの出席者は一人減るとの認識の元に。</p>
<p> 　本日は、いま自分の感じている「迷える羊」についてお話してみたい。実は私自身が迷える羊であった。いや、今も迷っているが正確かもしれない。迷える羊である学生とそれを救い出そうとする大学教師が、力不足で教師自身も迷ってしまうという構図である。</p>
<p>　私の仕事である高等教育（高校卒業後の教育）の中におけるこの様な迷える羊、そして私自身のことに触れてみたい。</p>
<p>「迷える羊」というと、マタイ伝の１８章あるいはルカ伝の１５章の記事と共に、夏目漱石の小説「三四郎」を思い出す。</p>
<p> 　マタイの１８章３−７の「迷い出た羊」のたとえ話は，「百匹の羊を飼っていた羊飼いが、私ならば迷子になった一匹の羊がいたら見捨てはしない。たとえ、99匹の羊を置き去りにしても、迷子の一匹の羊を探しにいくだろう」。そして「もし、見つけたら、迷わないでいた９９匹よりも、その１匹のことを喜ぶであろう」。というよくご存じの記事である。この「迷える羊」の意味は、「心正しい人はさることながら、迷える一人を救ってあげなければならない」ということなのであろう。 </p>
<p>さてもう１つの小説「三四郎」は明治４１年に朝日新聞に連載されたもので，「坊ちゃん」とならんでポピュラーな漱石の代表作である。</p>
<p> 　主人公の小川三四郎は熊本の第五高等学校を卒業し、東京帝国大学に入学するために上京し，いままでの熊本とは全く違った東京の新しい世界へ飛び込んできた。さまざまな人と出会い、三四郎は異なる三つの世界に囲まれていることを感じ取っていく。</p>
<p>一つ目は母のいる故郷九州の田舎。二つ目は故郷の先輩野々宮や広田先生のいる学問の世界。三つ目は、東京における華美溢れる世界であった。この三つ目の世界で三四郎は美禰子という女性に恋するが、曖昧な態度を続ける美禰子は「ストレイシープ（迷える羊）」という言葉を三四郎に幾度となく投げかけ、ついには兄の友人と結婚してしまう。</p>
<p>主人公の三四郎が大学進学した明治４０年代には，大学はまだ全国に東京、京都、東北、九州の４帝国大学しか存在していない。その大学に入る者は社会の中の超エリート者であるといえる。</p>
<p>では、その超エリート者「三四郎」が何に迷ったのであろうか？</p>
<p>作者の夏目漱石はいち早くロンドンに留学し、西欧文明のすごさを経験して、三四郎の口をかりてつぶやいたのでしょう。「日露戦争に勝利したからと言って、そんなに慌てて西欧文明を受け入れたら、日本の将来はどうなるのだろう？もう子羊のように迷っているじゃないか」と。そして彼自身は大学の英語教師をやめて、作家へと変身していく。</p>
<p>三四郎が大学に入学した頃の入学者は超エリートだと前述した。大学進学率についてはアメリカの教育学者マーチン-トロウが次のように分類している。</p>
<p>　大学進学率が15%までの入学者をエリートの時代、15〜50%をマス、50%以上の進学率をユニバーサルの時代としている。これによれば日本では1970年代の高度成長期以前がエリートに、それ以後2005年頃までがマスに、そして今はユニバーサルの時代にということになる。すなわち、現代では高等学校はほぼ100%の全入であり、その後の大学、短大、専門学校への進学率は50%を越えている．大学の入学定員は希望者以上の数があり、大学を選ばなければどこかに入学できる「ユニバーサル・アクセス」の時代になっている。</p>
<p> 　大学教育の内情を少し記すと、進学率が高くなれば入学者の成績分布は広がってくる。その傾向はことに学力底辺大学で著しく、その分野の教育水準は低下することに結びつきやすくなる。学力分布が広くなり、理解力に問題のある学生も入学してくるので、その学生に講義を理解させるためには、教育水準はそこに合わせていくことになる。</p>
<p> 　現在私が勤務する短大では入試選抜をする余裕がない。１８歳人口は全国で毎年５万人減少している上に、近年の口腔衛生と予防が効果をあげて、歯科に罹患する患者数が減少していることから、歯科業界は構造不況といっても良い状態にある。しかし、今でも絶対に国民に必要な職業ではあることは変わりないが、こんな状況下であるから志願者の絶対数が少ない。殆ど無選抜状態。これが進学率50%を越えたユニバーサル・アクセスの現状である。</p>
<p>この状況の中では、次のような問題が生じてくる。<br />
　第１点は、現在の大学の教育環境に対する教師の理解不足、順応不足である。教える側の教師は「エリート」時代に大学教育を受けており、その感覚では現在の大学教育は出来ない。現状の「ユニバーサル・アクセス」を理解しきれない。頭の固い教員ではこれに対処できない。</p>
<p> 　その代表例が、「現在の学生は、教員にとってクライアントである」という言葉を教員が理解しようとしないし、理解できない。クライアントとは「顧客、相談者（カウンセリングの）」を意味しており、エリート時代の学生とは異なる今の学生をクライアントとして教育しなければいけないことを理解し、実践する必要がある。</p>
<p>　第２点は、学生自身の修学感覚に関する問題である。　高校時代にそこそこの学力の生徒が、成績分布の広いユニバーサル・アクセスの大学にあるクラスで自分の学力に自信が持てなくなる問題である。特に、私が今教えている短大は卒業時に国家試験を受験して終了する大学である。勿論当然、学生全員が国家試験に合格することが望まれている。</p>
<p>　その国試は自分の学校の教師が試験するのではない。見ず知らずの第三者が評価する試験であり、自分が教わった教師以外の人から能力試験を受けることは学生にとって初めてである。これにビビって、国試前に不安に陥いり、勉強に手がつかなくなる学生がいる。その学生の中には、悩みを教師が理解してくれないことに不安感や焦燥感を持つものも出てくる。</p>
<p> 　「先生には私の悩みを判って貰えない」。国試は全員が合格するように教育を受け、「その中で合格しなかったらどうしよう」と悩んでいるように見える。<br />
「貴方ならば合格できる」と、教師がいってもそれは何の保証にもならない。これらの学生は、我々教師にとっては迷える羊である。　学生が迷える羊状態になっているときはまだ良い。迷える羊が見えなくなっているとすれは、これが怖い。迷える羊が見えない教師自身が迷える羊になってしまう。</p>
<p>　学生の学習態度が急激に変化し、何か悩んでいることがわかれば、我々教師も対処できる。しかし、学生の変化が見えなかったらどうなってしまうであろうか？</p>
<p>このような不安は国試の直前に急に発生してくるが、修学中の大学教育に対する種々なるストレスが加重された結果なのだ。そのストレスの一つが大学における試験の合格ラインが６０点であることに対してである。</p>
<p>高校においては４０点、あるいは３５点が合格点だったと学生が言う。大学の試験、さらには国試の合格ラインが６０点であることは、教わったことの少なくとも半分は理解してほしいと願っての合格ラインである。しかし、学生にとっては４０点から６０点への変化にはなかなか順応・理解してくれない。これが原因で勉強に対して絶望感を抱き、修学への無関心・アパシーへと進行してしまうのは、大変に怖い。</p>
<p>　さて、教会においてはどうであろうか？</p>
<p>教会に来れる人は、その大部分が迷っていない羊、勝ち組の羊ばかりであったらどうであろうか？</p>
<p>教会の中に、牧師や信徒に見えない「迷える羊」がいたらどうであるか？　その迷える羊を救うことが出来るだろうか？</p>
<p> 　私も２−３年前に迷える状態であった。周りの人にはそれがよくは見えないのだろう。迷える状態からの脱出には、私にとって教会は無力であったと云ってもよい。</p>
<p>教会に出席できる人は、あるいは出席する人は、勝ち組のものだけではないか？　とその時感じてしまった。本当に悩んでいる人は、教会に来れないのではないか？　それはどうして？</p>
<p>教会では悩みを解決してもらえないから？　悩みを聴いてもらえないから？</p>
<p>教会は施しをするところから抜け出せないでいるのではないか。</p>
<p>私の迷える状態から抜け出すための結論は、教会に関わった原点に戻ろう。教会に何かを期待するのではなく、私が教会に関わり始めた原点に戻ろうと言うことであった。それは、何であっても日曜礼拝に出席しよう。席を温めるだけであっても良いから礼拝に出席しよう、そのうちに礼拝に参加できるようになる糸口がつかめるであろう。</p>
<p> 　今は、キリストのあがないの死を感じることが出来るようになってきた。特にこの大斎節において、大斎を守ろうと思えるようになってきた。</p>
<p>教会の宣教の原点は何であろうか？</p>
<p>信徒にとってそれは色々であろう。私には何であっても日曜礼拝を守ること。そこで自分の行動規範を確認すること、そのためのベースラインを得るために。出席しなければ、何事も始まらないのだ。出席することを誓ったのだから。</p>
<p>信徒が出席できないとすれば、その理由を解決するのが教会だ。迷える羊が解決の糸口を得られるように。</p>
<p> 　教会が本当に迷っている最後の一人までを救うことが出来るようになってほしい。その為には今なにをしなければならないのか？　ミカエルにはなにが欠けているのであろうか？</p>
<p>『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言えるようになりたいものだ。</p>
<p><span style="font-size: medium"><strong> </strong></span> </p>
<p><span style="font-size: medium"><strong>「東京教区の宣教を考える会」に参加して</strong></span></p>
<p style="text-align: right">パトリック　山田　益男</p>
<p>「表記の会が２０１２年２月10日（金）、11日（土）の両日、静岡県函南町の「富士箱根ランド　スコーレプラザ」で開催され、当教会の代表として参加した。</p>
<p>　この会は、２０１２年日本聖公会宣教協議会東京教区準備委員会（委員長　神崎和子司祭）が主催し、教役者と各教会からの参加者が、全聖公会中央協議会（ＡＣＣ）で議決された５つの指標を中心として、宣教についてさまざまな観点から学ぶことを目的に開催された。</p>
<p>　当日は、谷昌二沖縄教区主教を発題者にお招きし、大畑喜道主教をはじめとした教役者23名、各教会から信徒53名、教役者を除くスタッフ６名の計82名が出席した。はじめに、大畑主教から、「神と神の国のために生きる共同体となるために」と題して、谷沖縄教区主教から「他教区からみた東京教区への期待」と題して、講演があった。今回お招きした谷主教の講演では、イエスさまを中心としたＵの字の曲線で表すことで歴史認識のパラダイムシフトがおこるとの持論が披露された。自身の半生を振り返り、沖縄に遣わされたおかげで、本土が抱える課題がよく見えるようになったと語った。福島第一原子力発電所事故と沖縄の基地問題にも触れられ、３月11 日以降、課題解決のために私たちは、「福島」と「東京」、「沖縄」と「東京」、という対立構造としてとらえず、「原発も基地も国民全体の問題」という認識を持たなければならないと説いた。</p>
<p>大畑主教の発題は、「私たちの宣教のビジョン」として、主教の宣教のビジョンは何処にあるのか、何を目指しているのか、明確にするようにという声を聞きます。竹田主教は東京教区の宣教方針として「いと小さき者とともに」という方針を提示されましたが、基本的に小職もそのことから外れていくことは無い。宣教のビジョンは多くの人々の声、知恵がなければ、主教一人の考えだけでできていくものではないので、互いに祈りあい、支えあいながら神の宣教に参与できたらと思っている。基本的に宣教を考える上での基本的な柱は、全聖公会中央協議会（ＡＣＣ）の会議で議決された５つの指標にあると考えている。すなわち、①神の国の福音を宣言すること。②新たな信徒を、教え、洗礼を授け、養うこと。③愛の奉仕によって人間の必要に応えること。④社会の不正義な構造の変革に参与すること。⑤被造物の完全さを守り、地上の命を保持し、新たにするために努力すること。各教会の独自性を認めつつ、東京教区の教会が一つの共同体として、全体として５指標を成し遂げていければよいと思う。／今回の地震を通して多くのことを学ばされている。北海道教区は釜石地域の人々と連帯するために少ない人材で頑張ってるが、いつまでも奇跡的な働きをすることは無理である。この働きに対して東京教区に支援が求められている。私たちのできることの最大限は何かということをもう一度考えて、実行していきたいと思う。／教会は宣教することによって自らの存在意義を確認する集団でもある。東京教区の状況は教会の数に比して教役者の数が不足しており、一人の聖職が複数の教会を持つこと、共同的な牧会体制を造っていかなければならない物理的な状況にあるが、数が足りなくなったと後ろ向きではなくて、全ての神の民が共同して宣教に当たるための準備ができたと考えたるようにしたい。様々なタレントを生かし合うチャンスが与えられたと考えたいと思う。最後に主教座聖堂の重要さについてであるが、主教座はいつも使徒継承を思い起こす場所だと言うこと。主教座から司祭は各地に派遣され、各個教会はその地域での出会いをしてその地での責任を果たすものである。地域の教会、教区の教会は派遣された司祭たちによって、神のみ言葉と聖餐によって一つにされてゆく。主教は、司祭団と共に、私たち一人一人が使徒の継承者として、イエスと共に、イエスが出会おうとした人々と共に神の愛を現実のものとしていく使命を帯びていることを自覚するために存在している。宣教や学びについての責任は主教座聖堂の活動にあると考えている。</p>
<p>このような両主教の発題を聞き、セッション２では、参加者を10のグループに分け、宣教について活発な討論が交わされた、所属教会で行っている宣教の事例、宣教を行う上で課題に考えていること、宣教するために必要な信徒の変化、宣教をする上で大切もの、賜物を活かした宣教の事例、宣教と祈りの関係など多様な視点から、宣教について各セッションを通して４時間30分の討論を行い、２日目のセッション３では、セッション２で挙げられた多様な意見をスタッフが集約した資料に基づいて、「だれと」共に「どこへ」行くのか、を具体的に可視化する作業を行った。各グループでは、ときには白熱した議論が交わされる場面やお互いの立場に共感し合える場面があり、教区会とは異なって多くの参加者が直接意見を交わせる場となったことは東京教区の企画として評価できると感じた。</p>
<p>　この会の視点から教会を見直せば、各個教会は信徒だけの閉鎖社会ではなく、その地にあることの責任として、地域社会の問題にもっと関心を向けること、一般社会との接点として与えられた大震災被災者と共に歩む働きに参与する教会になることが求められていると思われる。楡原姉が関わっている「渋谷給食活動」や「東京に避難している被災者支援活動」などは私達の教会の身近で展開されている活動であるといえるでしょう。私達の渋谷聖ミカエル教会としてはこれらの働きにもっと関心を向ける必要があるといえるのではないでしょうか。</p>
<p>　以上が「東京教区の宣教を考える会」に参加した者としてのご報告です。</p>
<p>　次に、この会が終わった後のことですが、教役者の数不足に伴う新たな牧会態勢に関連して、当教会に激震が走りました。李民洙先生が休職退任されてから２年にわたり、実質的な牧師としての働きを担って頂いた関司祭が突如聖ルカ国際病院嘱託司祭に異動させられたことです。多くの信徒にとって関先生の存在感は大きく、先生がおられなくなるということに不安を感じる人が多くいるという現実があり、２年程度で牧会者を変えられてしまっては新しい信徒が育たないという悲鳴があがりました。この事態に危機感を覚えた教会委員会が教区主教へ当教会の要望書を提出したところ、教区主教が教会委員会と面談する機会を作ってくれました。教区主教からは３３ある教会に対して派遣できる現職の司祭の数は２４であり、５年後には更に９名の定年退職者が出るという状況の説明と、聖ミカエル教会には主日勤務が可能な協力司祭として聖公会神学院の成チャプレンを送りますという説明がなされました。教区の教役者事情の中ではやむを得ない人事であったかもしれないと受止めながらも、当教会の信徒に不安と教区不信を起こさせてしまった経緯について教会委員達は遺憾の意を表した次第です。</p>
<p>　４月からの聖ミカエル教会の働きについては、与えられた状況の中で進めなくてはなりません。牧師館に定住者がいない環境で、管理牧師と主日勤務の協力司祭による牧会態勢という形は５年後の教区の教会の姿を先取りしたものであるともいえます。私達の聖ミカエル教会は今年からヒルダ・ミッシェル宣教活動を開始しようと意気込んでいたところでした。私達はこの事態に意気消沈することなく、管理牧師の神崎先生と協力司祭の成先生と教会委員会で協議をし、それぞれに担える役割を分担して前に進みたいと思うものです。</p>
<p>　</p>
<p><strong> </strong></p>
<p><strong><span style="font-size: medium">個人消息、報告、予定など </span></strong></p>
<p>◆ミッシェル・ヒルダ基金</p>
<p>◆新教会委員に河野正司さん、布川悦子さんと山田奨さんが選出されました。</p>
<p>◆2月5日（日）主日聖餐式後、受聖餐者総会が開かれました。</p>
<p>◆2月22日（水）大斎始日（灰の水曜日）の礼拝が10時30分から行われました。</p>
<p>◆今年の大斎プログラムは「信徒の証し」が教会委員の方を中心に計画されました。<br />
　　　・第１回は２月２６日（大斎第１主日）河野正司兄<br />
　　　・第２回は３月　４日（大斎第２主日）山田奨兄<br />
　　　・第３回は３月１１日（大斎第３主日）増山友子姉<br />
　　　・第４回は３月１８日（大斎第４主日）大野直人兄<br />
　　　・第５回は３月２５日（大斎第5主日）青木洋子姉</p>
<p>◆大斎中の毎週金曜日は19時から「十字架の道行」が行われました。</p>
<p>◆3月10日（土）教区事務所に於いて、今回の教役者人事において関嘱託司祭が聖路加礼拝堂のチャプレンに異動されることに伴う当教会の牧会態勢について、大畑主教と神崎管理牧師およびミカエル教会の教会委員との話し合いが行われました。</p>
<p> ◆3月18日（日）青木紀和・美菜ご夫妻と愛息栄作くんが洗礼を受けられました。<br />
　　　・パウロ 紀和 教父母［山田益男・山田奨・平林京子］<br />
　　　・パウラ 美菜 教父母［山田親・布川悦子・永田雄一］<br />
　　　・ダビデ 栄作 教父母［永田雄一・山田奨・平林京子］<br />
　　4月1日には教区合同堅信式で主教より堅信を受けられ、イースターに初陪餐にあずかります。</p>
<p>◆第１１８（定期）教区会が3月20日（火・休日）に開催されました。当教会からは山田益男兄が教区会代議員として、また青木洋子姉が選挙管理委員として参加されました。</p>
<p>◆3月25日（日）主日聖餐式後、山田奨兄宅にて親睦会が行われました。16名の参加でした。</p>
<p>◆3月31日（土）19時から、4月から協力司祭としておいでいただく成(そん)　成(そん)鐘(じょん)司祭をお迎えして臨時教会委員会が開かれました。</p>
<p>◆3月31日（土）〜 4月1日（日）　香蘭女学校の生徒22人による教会で「お泊まり会」の体験学習会（桑原しのぶ教諭指導）が行われました。</p>
<p style="text-align: right">以　　上 </p>
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	</item>
		<item>
		<title>2012年度 受聖餐者総会 2012年2月5日 公示</title>
		<link>http://shibuya-michael.com/2012/01/1360</link>
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		<pubDate>Sun, 22 Jan 2012 05:47:48 +0000</pubDate>
		<dc:creator>susumu.y</dc:creator>
				<category><![CDATA[schedule]]></category>
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[予定・報告]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://shibuya-michael.com/?p=1360</guid>
		<description><![CDATA[当教会定期受聖餐者総会を下記の通り、召集致します。
当教会の今後の宣教指針を協議する大切な会です。受聖餐者の皆様には万障お繰り合わせの上、ご出席くださいますよう宜しくお願い致します。
記
日　　　時：　2012年2月5日 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>当教会定期受聖餐者総会を下記の通り、召集致します。<br />
当教会の今後の宣教指針を協議する大切な会です。受聖餐者の皆様には万障お繰り合わせの上、ご出席くださいますよう宜しくお願い致します。</p>
<p style="text-align: center">記</p>
<p>日　　　時：　2012年2月5日（日） 12:00～（礼拝後）<br />
場　　　所：　日本聖公会東京教区 渋谷聖ミカエル教会<br />
議　　　長：　司祭　グレース神崎 和子</p>
<p><strong><span style="font-size: small">議題<br />
</span></strong>１． 2011年度教務報告<br />
２． 2011年度活動報告<br />
３． 2011年年度会計決算報告承認<br />
４． 2012年度会計予算案承認<br />
５． 2012年度宣教方針<br />
６． 2012年度活動予定<br />
７． ヒルダミッシェル文庫運営委員会提案承認<br />
８． その他</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>教会会報 「ひろば」 ～ 2011年12月24日号～</title>
		<link>http://shibuya-michael.com/2012/01/1356</link>
		<comments>http://shibuya-michael.com/2012/01/1356#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 09 Jan 2012 13:53:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>susumu.y</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[予定・報告]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://shibuya-michael.com/?p=1356</guid>
		<description><![CDATA[幼な子イエスの誕生をあなたとご一緒に祝いたい
嘱託司祭　バルナバ　関　正勝
「言（ことば）は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」（ヨハネ1.14）
　クリスマスおめでとうございます。この挨拶のことばにこめられた大きな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-family: ＭＳ ゴシック;font-size: large"><strong>幼な子イエスの誕生をあなたとご一緒に祝いたい</strong></span></p>
<p style="text-align: right"><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: medium">嘱託司祭　バルナバ　関　正勝</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">「<strong>言（ことば）は肉となって、わたしたちの間に宿られた。</strong>」（ヨハネ</span><span style="font-family: Century;font-size: small">1.14</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">）</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">　クリスマスおめでとうございます。この挨拶のことばにこめられた大きな大きな喜びと希望がわたしたちの住む世界に、ことに渋谷聖ミカエル教会に連なるすべての方々の心とからだ全身を包み込むことが出来ますようにと心から願い祈っております。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">　幼な子イエスの誕生と共に始まるわたしたちの一年ですが、皆様の過ぎ去った一年</span><span style="font-family: Century;font-size: small">2011</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">年はどのような一年であったでしょうか？聖ヨハネは神が肉をとって、「わたしたちの間に宿られた」と告げています。驚くべきメッセ―ジです。</span><span style="font-family: Century;font-size: small">3</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">月</span><span style="font-family: Century;font-size: small">11</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">日東日本を襲った大津波と福島第一原発の大事故による大災害は多くの人々のいのちを奪い、そして積み上げてきた歴史・地域文化を破壊しました。自然に内在しないエネルギ－に支えられた経済発展の脆弱さを思い知らされました。あらためて自然との調和・共存の意義が突きつけられように思います。ＧＤＰの基準にはよらないＧＤＨ（幸福度）を求めるブ－タン国からの国王夫妻の来日は、わたしたちの経済成長による肥大化した欲望に問いを投げかけました。　イエス誕生の喜びを共に出来ない現実は、わたしたちの日常性を破壊した天災・人災による悲劇なのでしょうか？神は何処にいるのか？という深刻な問いが聞こえます。しかし、同時に神がわたしたちの間に宿った、との確信を悲惨的な現実に抗って立ち上がって歩き出している人々とその人々を支援いている人々のうちに見い出します。信じる行為は</span><span style="font-family: Century;font-size: small">1+1</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">＝</span><span style="font-family: Century;font-size: small">2</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">という因果律とは異なり、それを超えます。ナチズムと戦ったドイツの牧師・神学者ボンヘッファ－は「信じる者になりたい」と語りました。その背景には神の苦しみにキリスト者も与る者、との生き方がありました。彼は言います。「宗教的行為がキリスト者を造るのではなくて、この世の生活の中で神の苦しみにあずかることがキリスト者を造る」と。わたしたちの一年数え切れない困難や悲劇に遭遇して、</span><span style="font-family: Century;font-size: small">1+1</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">が</span><span style="font-family: Century;font-size: small">2</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">とはなりえない現実を知らされました。だからこそ、いや、それにもかかわらず「わたしたちの間に宿られ」て苦しんでおられる神を信じて、神の協働創造者とされたいとわたしたちは願います。幼な子誕生にこめられた、わたしたちを「照らす光」(</span><span style="font-family: Century;font-size: small">1.4</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">）をご一緒に喜びたいのです。</span></p>
<p style="text-align: left"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック;font-size: large"><strong> </strong></span> </p>
<p style="text-align: left"><span style="font-family: ＭＳ ゴシック;font-size: large"><strong>東京教区フェスティバルへの出店</strong></span></p>
<p style="text-align: right"><span style="font-family: ＤＦＰ平成ゴシック体W7;font-size: medium">バルナバ　山田　奨　</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">9月19日（月）敬老の日、「祈ろう、ともに」とのテーマで開催された今年の東京教区フェスティバル。3月11日の東日本大震災を覚えて、東京教区が一つとなって祈る機会としたいという願いから定められました。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">聖餐式のあと、全部で52ものブースで出店、出展が行われ、聖ミカエル教会からも焼き鳥、ゆず茶、ウーロン茶、クッキー、信徒作成コラム集の販売店を出店致しました。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">焼き鳥は炭火を使った本格的なもので、1週間前には教会敷地内でリハーサルを行っていましたが、販売から1時間もせずに完売となる盛況振りでした。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">香蘭女学校からは5人の生徒さんが駆け付けてくださり、販売を手伝って頂きました。彼女らの活躍により、他の出品もほとんどを完売することができました。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">売り上げ¥31,400から経費を差し引いた¥10,893を東日本大震災への義援金としてお捧げすることができました。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">当日、ご協力いただきました信徒の方、香蘭女学校の生徒の方、先生方、また応援にかけつけてくださった方々にこの場で改めて感謝を申し上げます。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">ご協力いただきました信徒の方からは「来年は焼き鳥専用の炭焼き機を購入して臨もう」といった来年に向けた意気込みも聞かれました。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">少し暖かくなってくる頃、また焼き鳥が食べたい、、ではなくて来年のフェスティバルに向けたリハーサルが必要ではないかなと思っています。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small"> </span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ ゴシック;font-size: large"><strong>聖公会東京311ボランティアチーム　活動報告③</strong></span></p>
<p style="text-align: right"><span style="font-family: ＤＦＧPOPコンW12;font-size: medium">カタリナ　楡原　民佳</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">「聖公会東京３１１ボランティアチーム」のいわき市と東京都内での活動も、１０ヶ月目に入った。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">今、私たちは都内避難者に毛布を配っている。その毛布は真空パックされていて、パックには「災害時救援用毛布」と記されている。各地の自治体が災害時に使用するために備蓄しているものだ。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">「毛布が大量にあるんだけど要らない？」と「桜色のほうき星会」の通称ビッグママに声をかけられたのは、１１月中旬のことだった。聞くところによると、全国各地からいわき市に送られた災害時救援用毛布が未使用のまま大量に残っており、いわき市が民間支援者などの引き取り先を探しているとのこと。処分されてしまうのはもったいないと、「湯本第二中学校」（以下、「湯本二中」）の校長先生や「グローバルミッションセンター」などが、毛布約一千枚を保管しているとのことだった。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">私は「欲しい！」と、即答した。東京も寒くなり始め、都内に暮らす避難者から寒さに対する不安の声が上がり始めていた。東京災害支援ネット「とすねっと」を通して行ったニーズ調査でも、毛布を要望する声が多いことが分かっていた。しかし数百枚の毛布をすぐに用意できる見込みがなく、どうしたものかと悩んでいたからだ。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">そのころ東京都では、旅館やホテルなどで避難所生活を送っていた人たちの、公営住宅や民間アパートなどへの引越しが続いていた。これは、東京都が避難所の１０月末閉鎖を決定したためである。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">避難者が都内の公営住宅（都営住宅や国家公務員宿舎）に移る場合、その住宅は「仮設住宅」扱いとなり、日赤家電６点セットが支給される他、東京都から布団などが支給される。被災した東北の三県では、冬に向けて、仮設住宅の寒さ対策が施されたり、暖房器具が支給されたりしているが、東京都ではそのような措置はされておらず、避難者の方々は、支給された敷布団と夏掛け２枚、あるいは敷布団と掛け布団１枚で我慢しているのが現状だ。だから、今回の毛布の話は大変ありがたいものだった。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">ところで、私たちが初めていわき市を訪問し炊き出しを行ったのは3月30日のことである。その時に、いわき市民の坂本さんという青年が、炊き出しのうわさを耳にして、見ず知らずの私のところにやってきて訴えた。「自分たちで炊き出しなどをしたいと思っているが、いわき市には食料も燃料もない。」「イベントとして一回きりで終わるのではなく、継続してきて欲しい。」「ここよりももっともっと危機的な避難所がたくさんある。案内するから定期的に来て見て欲しい。」と。この彼の言葉と思いが、私たちを動かした。結果として私たちは今も毎週水曜日に必ずいわき市を訪ねているし、坂本さんは今も必ず私たちの活動場所に来て一緒に働いてくれる。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">その彼が、２度目のいわき市訪問時に案内してくれた避難所が湯本二中だ。体育館ではなく、教室が地区や性別で分けられた居室になっていた。そこで、津波で家を流され、ご近所さんをすべて失ったおばあちゃんに出会った。「なんで私が生き残ってしまったのか」という嘆きを、ただただ手を握って聞くしかなかった。数度目の訪問の際に、またその方にお会いした。「またおじゃましました。炊き込みご飯、温かいうちに食べてくださいね。」「また来てくれたの？」「はい、あれから毎週いわきに来ていますので。」するとその方が、ぎゅっと私の手を握り、涙を流し、おっしゃった。「たきこみご飯を持ってきてくれたことよりも、東京から毎週来てくれていることがうれしいねえ。その気持ちがうれしくて、わたしももう一回生きてみようかな、と思えるよ。」・・・私たちのような弱小グループにもやれることがある、それは「継続すること」「そこに出かけていくこと」だと確信した瞬間だった。後日、避難所の責任者である湯本二中の校長先生から支援に対するお礼状をいただいた。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">さて、炊き出しを続ける中で、坂本さんから紹介されたのが「桜色のほうき星会」だ。このグループを主宰する通称ビッグママは、今回の大震災の津波で、義理の妹さんと姪御さんを失った。その悲しみと、「ビッグママ、ビッグママ」と慕ってくれていた姪御さんへの思いから、経営しているインド料理店をベースに、炊き出しを中心とした被災者支援を行っていた。私達は幾度か避難所で打ち合わせをし、私たちが運ぶ炊き込みご飯に合わせて「桜色のほうき星会」がみそ汁やてんぷらなどのおかずを持ってきてくれて共に配食を行うようになった。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">それだけではなく、私たちが東京災害支援ネット「とすねっと」の法律家と連携して各避難所を回り、炊き出しと共に生活・法律相談を受けていることを知り、ビッグママはお店を相談会場として毎週１回提供してくださった。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">また同じように、いわき市に礼拝堂と活動拠点を持ち、炊き出しや物資支援を行っていた「グローバルミッションセンター」とも避難所でよく行き会った。同じ教会関係の支援グループということもあって、本部を訪問したりもし、物資支援などの面では協力していただいていた。7月27日にはいわき市で最後まで残っていた避難所（勿来市民会館）で、私たちのグループとグローバルミッションセンター、勿来市民会館の避難者の方々との共催でバーベキューと花火を楽しんだ。数ヶ月間顔を合わせ続けてきた者同士、ある意味では、間近に迫った避難所閉鎖、つまり別れを惜しむひとときとなった。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">このように、この９ヶ月の間に、地元いわき市の支援者たちに出会い、つながり、支援の輪が広がっていった。のみならず、避難所や仮設住宅に暮らす方々とのつながりも「近所づきあい」のようになった。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">今回の毛布の話も、「桜色のほうき星会」、「湯本二中」、「グローバルミッションセンター」とのつながりがあったからこそ生まれたものであり、私たちが「継続」を大切なこととして守り続けてきたことは、決して無駄ではなかったと思えるできごとだった。そしてその結果、合計500枚の毛布をいわき市から東京に運ぶことができた。いわき市の人々を温めるために各地から運ばれた毛布が、今度は東京に避難している人々を温めるのだ。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">もうすぐクリスマス。救い主誕生のうれしい知らせが、野原で過ごす羊飼いたちにもたらされたことを思い起こす。住み慣れた町にも家にも帰ることができず、仮の住まいでクリスマスを迎える大震災被災者、福島第一原発事故被害者の方々のために祈りたい。</span></p>
<p><strong> </strong></p>
<p><strong><span style="font-family: HGS創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体;font-size: large"> </span></strong></p>
<p><strong><span style="font-family: HGS創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体;font-size: large">個人消息、報告、予定など</span> </strong></p>
<p><span style="font-family: Century;font-size: small"><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">◆ミッシェル・ヒルダ基金<br />
</span></span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">11<span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">月</span><span style="font-family: Century;font-size: small">30</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">日</span><span style="font-family: Century;font-size: small">(</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">水</span><span style="font-family: Century;font-size: small">) 、ミッシェル・ヒルダ<span style="font-family: Century;font-size: small">(</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">故後藤みつゑ・八重子姉</span><span style="font-family: Century;font-size: small">)</span>基金</span>の扱いについての委員会を開催しました。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">◆2011年度教区墓地礼拝<br />
11月2日（水）、小平霊園にて10時30分より行われました。当教会の墓前礼拝は教区礼拝終了後、12時より行われました。</span></p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">◆幼児祝福式<br />
11月13日の主日礼拝の中で、</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">小学生以下の児童を対象に幼児祝福式が</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">行なわれました。</span> </p>
<p><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">◆故エリザベツ岡田初子姉の逝去者記念式<br />
</span><span style="font-family: Century;font-size: small"><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">11月6日、</span>エリザベツ岡田初子姉が神様の下に召されました。12<span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">月</span><span style="font-family: Century;font-size: small">10</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">日（土）、</span></span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">逝去者記念式ならびに「偲ぶ会」が当教会にて開かれました。</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">40名を越える参列を頂き、式後に岡田さんの思い出を分かち合いました。</span></p>
<p style="text-align: left"><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small"><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">◆<span style="font-family: Century;font-size: small">OMU</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">☆</span><span style="font-family: Century;font-size: small">CHAクリスマスライブ</span><br />
</span><span style="font-family: Century;font-size: small">12</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">月</span><span style="font-family: Century;font-size: small">11</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">日</span><span style="font-family: Century;font-size: small">(</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">日</span><span style="font-family: Century;font-size: small">)</span><span style="font-family: Century;font-size: small">14</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">時</span><span style="font-family: Century;font-size: small">30</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">分～</span><span style="font-family: Century;font-size: small">16</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">時、</span>永田雄一兄がメンバーの一員であるアカペラグループ ”</span><span style="font-family: Century;font-size: small">OMU</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">☆</span><span style="font-family: Century;font-size: small">CHA</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">”のクリスマスライブが</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">当教会聖堂にて開催されました。当日は、</span><span style="font-family: Verdana;font-size: small">小さなお子様から年配の方まで来場され、ステージと一体となっても盛り上がる場面もありました。</span> <span style="font-family: Verdana;font-size: small">“OMU☆CHA”についての詳しい情報は </span><a href="http://omucha.com/" target="_blank"><span style="font-family: Verdana;font-size: small"><span style="text-decoration: underline">http://omucha.com</span></span></a><span style="font-family: Verdana;font-size: small"> でご覧いただけます。<br />
</span><br />
<span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small"><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">◆</span></span> <span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">フリデリック合奏団（立大</span><span style="font-family: Century;font-size: small">OB</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">）コンサート<br />
</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small"><span style="font-family: Century;font-size: small">12</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">月</span><span style="font-family: Century;font-size: small">17</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">日</span><span style="font-family: Century;font-size: small">(</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">土</span><span style="font-family: Century;font-size: small">)15</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">時～、</span>フリデリック合奏団（立大</span><span style="font-family: Century;font-size: small">OB</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">）のコンサートが当教会聖堂にて開催されました。いっしょに歩こうプロジェクトへの</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">献金箱設置。<br />
曲</span><span style="font-family: ＭＳ 明朝;font-size: small">目はバッハのコラール、ヘンデルのメサイア他。聖歌とメサイアを観衆とともに斉唱しました。</span></p>
<p style="text-align: right">以　上</p>
]]></content:encoded>
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		<title>幼な子イエスの誕生をあなたとご一緒に祝いたい</title>
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		<pubDate>Mon, 12 Dec 2011 14:39:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>susumu.y</dc:creator>
				<category><![CDATA[説教]]></category>

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		<description><![CDATA[嘱託司祭　バルナバ関　正勝
　
「言（ことば）は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」（ヨハネ1.14）
　クリスマスおめでとうございます。この挨拶のことばにこめられた大きな大きな喜びと希望がわたしたちの住む世界に、こ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: right"><strong>嘱託司祭　バルナバ関　正勝</strong><br />
　</p>
<p><strong>「言（ことば）は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」（ヨハネ1.14）</strong></p>
<p>　クリスマスおめでとうございます。この挨拶のことばにこめられた大きな大きな喜びと希望がわたしたちの住む世界に、ことに渋谷聖ミカエル教会に連なるすべての方々の心とからだ全身を包み込むことが出来ますようにと心から願い祈っております。</p>
<p>　幼な子イエスの誕生と共に始まるわたしたちの一年ですが、皆様の過ぎ去った一年2011年はどのような一年であったでしょうか？聖ヨハネは神が肉をとって、「わたしたちの間に宿られた」と告げています。驚くべきメッセ―ジです。3月11日東日本を襲った大津波と福島第一原発の大事故による大災害は多くの人々のいのちを奪い、そして積み上げてきた歴史・地域文化を破壊しました。自然に内在しないエネルギ－に支えられた経済発展の脆弱さを思い知らされました。あらためて自然との調和・共存の意義が突きつけられように思います。ＧＤＰの基準にはよらないＧＤＨ（幸福度）を求めるブ－タン国からの国王夫妻の来日は、わたしたちの経済成長による肥大化した欲望に問いを投げかけました。　イエス誕生の喜びを共に出来ない現実は、わたしたちの日常性を破壊した天災・人災による悲劇なのでしょうか？神は何処にいるのか？という深刻な問いが聞こえます。しかし、同時に神がわたしたちの間に宿った、との確信を悲惨的な現実に抗って立ち上がって歩き出している人々とその人々を支援いている人々のうちに見い出します。信じる行為は1+1＝2という因果律とは異なり、それを超えます。ナチズムと戦ったドイツの牧師・神学者ボンヘッファ－は「信じる者になりたい」と語りました。その背景には神の苦しみにキリスト者も与る者、との生き方がありました。彼は言います。「宗教的行為がキリスト者を造るのではなくて、この世の生活の中で神の苦しみにあずかることがキリスト者を造る」と。わたしたちの一年数え切れない困難や悲劇に遭遇して、1+1が2とはなりえない現実を知らされました。だからこそ、いや、それにもかかわらず「わたしたちの間に宿られ」て苦しんでおられる神を信じて、神の協働創造者とされたいとわたしたちは願います。幼な子誕生にこめられた、わたしたちを「照らす光」(1.4）をご一緒に喜びたいのです。　</p>
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		<title>12月17日（土）フレデリック合奏団のチャリティコンサート</title>
		<link>http://shibuya-michael.com/2011/12/1336</link>
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		<pubDate>Sun, 11 Dec 2011 05:17:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>susumu.y</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[フレデリック合奏団（立教大学OB）のチャリティコンサートが当教会にて行われます。
日時： 12月17日（土） 15:00～16:30　開場14:30
入場料： 無料
※東日本大震災 復興支援 『いっしょうに歩こう プロジ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>フレデリック合奏団（立教大学OB）のチャリティコンサートが当教会にて行われます。</p>
<p>日時： 12月17日（土） 15:00～16:30　開場14:30</p>
<p>入場料： 無料<br />
※東日本大震災 復興支援 『いっしょうに歩こう プロジェクト』 への献金箱が設置されます。</p>
<p>指揮： 大塚 正昭 （元　東京交響楽団団員）</p>
<p>ソプラノ： 杉本 慈恵</p>
<p>曲目：</p>
<p>J.S バッハ　コラールBWV147　 主よ人の望みの喜びよ</p>
<p>ヘンデル　オラトリオ ≪メサイア≫ より<br />
　シンフォニア<br />
　Ａｉｒ： Ｈｏｗ beautiful are the feet （soprano）<br />
　Pifa （田園）<br />
　Air: I know that my Redeemer liveth （soprano）<br />
　Air: Rejoice greatly (soprano)<br />
パッヘルベル　カノン</p>
<p>～　休憩20分間　～</p>
<p>モーツァルト　アイネ・クライネ・ナハトムジークより第1楽章</p>
<p>モーツァルト　モテット　アレルヤ（soprano)</p>
<p>シベリウス　アンダンテ・フェスティーボ</p>
<p>賛美歌　もろびとこぞりて（参加者全員合唱）</p>
<p>賛美歌　きよしこの夜（参加者全員合唱）</p>
<p>エルガー　弦楽のためのセレナード　より第2楽章</p>
<p>ヘンデル　メサイア　より　ハレルヤ（参加者全員合唱）</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>12月10日（土）故エリザベツ岡田初子さん逝去記念式</title>
		<link>http://shibuya-michael.com/2011/12/1332</link>
		<comments>http://shibuya-michael.com/2011/12/1332#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 11 Dec 2011 04:59:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>susumu.y</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://shibuya-michael.com/?p=1332</guid>
		<description><![CDATA[12月10日（土）、11月6日に逝去されました故エリザベツ岡田初子さんの逝去記念式ならびに故人を偲ぶ会が開かれました。
40名を超えるご参列をいただき、式の後には岡田さんとの思い出を分かち合いました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>12月10日（土）、11月6日に逝去されました故エリザベツ岡田初子さんの逝去記念式ならびに故人を偲ぶ会が開かれました。</p>
<p>40名を超えるご参列をいただき、式の後には岡田さんとの思い出を分かち合いました。</p>
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		<title>12月11日（日）アカペラグループ OMU☆CHAのチャリティコンサート</title>
		<link>http://shibuya-michael.com/2011/12/1328</link>
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		<pubDate>Sun, 11 Dec 2011 04:54:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>susumu.y</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ]]></category>

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		<description><![CDATA[アカペラグループOMU☆CHAが当教会聖堂にてチャリティコンサートを実施してくださいます。
日時： 12/11（日）14:30 ～ 16:00
入場料（チャリティ）： ￥500
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アカペラグループOMU☆CHAが当教会聖堂にてチャリティコンサートを実施してくださいます。</p>
<p>日時： 12/11（日）14:30 ～ 16:00<br />
入場料（チャリティ）： ￥500</p>
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		<item>
		<title>2011年クリスマス礼拝のご案内</title>
		<link>http://shibuya-michael.com/2011/12/1314</link>
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		<pubDate>Sat, 10 Dec 2011 12:22:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>susumu.y</dc:creator>
				<category><![CDATA[schedule]]></category>
		<category><![CDATA[お知らせ]]></category>
		<category><![CDATA[予定・報告]]></category>

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		<description><![CDATA[2011年のクリスマス礼拝は下記の予定となっております。
礼拝はどなたでも参加することができますので、初めての方もこの機会に教会で本物のクリスマスの祝いを体験してみませんか？
◆12月24（土）
第一部： １９時開始　夕 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>2011年のクリスマス礼拝は下記の予定となっております。<br />
礼拝はどなたでも参加することができますので、初めての方もこの機会に教会で本物のクリスマスの祝いを体験してみませんか？</p>
<p><span style="font-size: medium">◆12月24（土）</span></p>
<p><span style="font-size: small">第一部： １９時開始　夕の礼拝　キャンドルサービス</span></p>
<p style="padding-left: 30px">キャンドルサービスは、暗闇の中、ひとりひとりの持つろうそくに火を灯し、賛美歌を歌い、お祈りを捧げます。キリストの降誕が暗闇の世を照らしたことを象徴するように、暗闇の中から少しずつ光が広がっていきます。</p>
<p><span style="font-size: small">第二部： ２２時開始　クリスマス第１聖餐式</span></p>
<p><span style="font-size: medium"> </span></p>
<p><span style="font-size: medium">◆12月25（日）</span></p>
<p><span style="font-size: small">第一部：８時開始　クリスマス第２聖餐式</span></p>
<p><span style="font-size: small">第二部：１０時３０分開始　クリスマス第３聖餐式</span></p>
<p><span style="font-size: small">クリスマス祝会：クリスマス第３聖餐式終了後　</span></p>
<p>「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」<br />
（ヨハネ １：９）</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>第35話　東日本大震災に見舞われた日本</title>
		<link>http://shibuya-michael.com/2011/07/1305</link>
		<comments>http://shibuya-michael.com/2011/07/1305#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 17 Jul 2011 06:58:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Yuichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[信徒コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[３月１１日に日本中を震撼させる東日本大地震が起こった。
太平洋プレートが日本列島に沈み込んでいることが要因とされますが、それに乗っかる形でぶつかり合っている日本列島の岩盤が５００ｋｍにも及ぶ幅で東方にずれ込むという現象で [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>３月１１日に日本中を震撼させる東日本大地震が起こった。<br />
太平洋プレートが日本列島に沈み込んでいることが要因とされますが、それに乗っかる形でぶつかり合っている日本列島の岩盤が５００ｋｍにも及ぶ幅で東方にずれ込むという現象であったとのことで前代未聞の大地震であった。<br />
地震の規模はマグニチュード９.０というとてつもない値であり、宮城では震度７を観測した。<br />
その地震の破壊力にもまして、その地震によって引き起こされた太平洋沿岸の津波の脅威に人々は打ちのめされた。<br />
多くの人を街ごと飲み込み、町々の建造物が次々と流され、破壊されてゆく様は映像に撮られ、現場に居合わせた人だけでなく世界中の人々を震え上がらせた。<br />
荒れ狂う自然現象の前に人間の存在のひ弱さ、無力の程を見せつけられた。<br />
この度は原子力発電所の事故がこの地震・津波によって誘発され、この人災的色彩の濃い災害までも重畳され、被災者の苦難は倍増している。</p>
<p>この大惨事は奇しくも教会の暦では復活祭(easter）の準備の厳かな季節である大齊節（lent）に起こった。<br />
昔の人はこのような惨事が起こると、これは人間の傲慢に対する神の怒りだと受け止めることが多かったようだ。<br />
今回、東京都知事のI氏が「これは天罰だ」と発言し、多くの人々の反発をかってしまった。<br />
昔の人に近い発想からの発言であったかもしれないが、被災した人たちが神の怒りを受けるような行状をしていたかのように思わせるこの発言は失礼極まりないという人々の反応であったと思われる。<br />
当初発言を撤回しないと頑張ったＩ都知事であったが、結局失言を認め撤回した。</p>
<p>小生も、この大震災が神様の罰であったとは思えません。<br />
第12話でお話しいたしましたように、私たちの周りで不条理と思える出来事はまま起こりますが、これは神様が直接手を下されたものではないと思います。<br />
神は天地を作りその管理を人にゆだねられた。<br />
人の心への働き掛けはなさるが、むやみにこの世の事象に直接手出しなされない方と理解しています。<br />
神様は罰を与えたのではなく、この世の出来事に目を注ぎながら、多くの人の命を絶ち、多くの怪我人を出し、家族を失い、家を失い、仕事を失った被災者の痛みを人と共に受け止め、「我が子（人間）よ、私の与えた天地は自然の恵みが豊かだが、時としてこの様に荒れ狂うものでもあるのだ。<br />
今回の悲惨な現実をどのように受け止め、この困難をどのように乗り越えたらよいと思うのか。<br />
」と人々に問うておられるように思われます。</p>
<p>このような悲惨な状況の中でも、私たちは心に安らぎを覚え、勇気を与えられる出来事に出会うことがあります。<br />
この度は避難所で自身も避難民である被災した子供たちが健気にも「肩たたき隊」を結成し、ボランティアとしてお年寄りを訪ね肩をもみ叩いている姿がそうでした。<br />
子供たちの笑顔が、飾らない善意が人々の心にひと時の安らぎを与え、生きてゆく希望を呼び起こしました。<br />
その様子を映像で見た私たちもが癒された思いでした。<br />
日本社会でこのようなボランティア活動が根をおろしたのは阪神淡路大震災のときであったように思えます。<br />
家族であるから、親戚であるから、同郷の者であるからといった旧来の人のつながりを超え、自らが隣人となって助けにゆくというボランティアの存在は被災された方々の力強い支えとなっています。<br />
この度はかつての恩返しと阪神や新潟地方の方々をはじめ、日本中からのボランティアがかけつけ活動を開始しています。<br />
支援物資が全国から、外国からも届けられ義援金も集められています。<br />
人間に備えられている美しい一面を垣間見る思いがします。<br />
普段、順調に生活が営まれている時には他者を思いやることよりも他者に負けないようにと競う姿ばかりが目に付いてしまいますが、この出来事を通して私たちは忘れかけていた「人は一人では生きてゆけない。<br />
助け合って、励ましあって共に生きよう」という人間の本来的な心を呼び覚まされた思いがします。<br />
しかし、私たち人間はこれほどの大きな犠牲を払い、それを目にしなければそのことに気づくことができない存在なのでしょうか。<br />
今回の出来事は豊かで安定した社会で暮らしていた私たち日本人に突き付けられた厳しい現実ではありますが、失ったものを数えるのではなく、混乱の中で弱者を切り捨てることなく、皆で支え、共に生きてゆく新しい人間社会を創る時ではないでしょうか、否、それを成し遂げ世界に示さなければ日本は国際社会の中での低落傾向をさらに加速し、落ちこぼれの存在となってしまうでしょう。</p>
<p>この大惨事は教会の暦では復活祭の準備の厳かな季節である大齊節に起こったと申し上げました。<br />
復活祭前の日曜日を除く40日間が大齊節であり、最後の一週間は聖週と呼ばれ、最も厳かな期間となります。<br />
聖木曜日は主イエスが弟子たちと最後の晩餐を取られた後にユダの訴えにより祭司長達に捕えられた日、翌日の聖金曜日は総督ピラトに引き渡され、無理やり十字架刑に処せられた受苦日を記念する日となっています。<br />
2000年前、弟子たちは仕事も、家も、家族も放置してイエス様に従って、三年もの間ユダヤのあちこちを旅してきました。<br />
彼らは貧しい者、弱い者であっても決して蔑ろにされることのない、皆が共に生きる新しい価値観の「神の国」の実現は近いと夢見て主イエスに従ってきたのでした。<br />
すべてをこの方にかけていたにもかかわらず、この頼みとする先生がユダヤ教の指導者たちに捕えられ、あっけなく死刑にされてしまったのでした。<br />
弟子たちの先頭に立ち、愛の革命を指導してこられた主イエスが、結局はこの世の権力者にねじ伏せられ、抹殺されてしまったという現実の前に、弟子たちは挫折し絶望のどん底に突き落とされてしまったのです。<br />
しかも、関係者であることが分かれば自らの身にも累が及ぶという恐怖にさいなまれながら、居所に身を寄せドアには鍵をかけて人目を忍んで潜んでいました。</p>
<p>命からがら高台に避難した今回の被災者は、高台まで辿りつけなかった人々が津波に巻き込まれ、家や車と共にさらわれてゆく様を目の当たりにし、さながら地獄絵巻を見せつけられる苦しみを味あわれたことでしょう。<br />
自らの命は繋ぎ止めたものの、配偶者、親子兄弟、友人、知人、多くの仲間を奪われ、更には家を、持てる物のすべてを失い、気が付いてみれば仕事さえもなくしていたという現実の中で、将来への希望を根こそぎ奪われ、絶望のどん底に突き落とされた被災者の心境は察するに余りあるものがあります。</p>
<p>被災から42日目に受苦日を、その二日後に復活祭の日を迎えました。<br />
日本中のキリスト者は被災者の心情と主イエスを奪われた弟子たちの心情、すなわち、希望を完全に奪われ、絶望のどん底に突き落とされた者達の思いを重ねていたことと推察します。<br />
聖書は金曜日の午後十字架上で亡くなられた主イエスが日曜日の朝復活されたと記しています。<br />
居所に身を寄せドアに鍵をかけて潜んでいた弟子たちの真ん中に主イエスが現れて立ち、「あなた方に平和があるように」と言葉をかけられたと聖書は伝えています。<br />
この「平和」という言葉、原語は「シャローム」というヘブライ語ですが、この言葉は単に、争いのない、平和な状態をいうのではなく、平穏、無事、安心、安全あるいは健全、成熟といった人の心の状態を意味していることから、教会では「平安」と訳されることも多いのです。<br />
弟子達に発した主イエスのこの言葉は「私はいつも君たちと共にいるのだからまずは安心しなさい。<br />
そして、希望を失わず、勇気を出して、福音を述べ伝えなさい。<br />
」という励ましの言葉であったと小生は理解します。<br />
その場に居合わせなかった弟子のトマスは、亡くなられた主イエスが復活して姿を見せたなんで、あり得ないことだ。<br />
私は復活された主イエスの手のひらに空けられた釘の穴にこの指を差し込むまでは絶対に信じないと強い拒否反応を示したと聖書は伝えています。<br />
トマスは自らが他の弟子達と共にいる時に再び御姿を現わされた主イエスを見て彼も信じたとのことです。<br />
「トマス、私を見たから信じたのか？信じない者ではなく、信じる者となりなさい。<br />
」と主イエスはトマスを励まされたのでした。<br />
死んだはずの主イエスが御姿を現わされたことにより、弟子達の不安と絶望は吹き飛んでしまいました。<br />
権力者による迫害を恐れることなく、主イエスの復活の証人となって、福音を述べ伝えたと聖書に記されています。</p>
<p>　では、被災者の方々にはどのように希望が与えられるのでしょうか。<br />
復活日を迎えた頃の被災地では被災された方々自身が気を取り戻し、いくつかの新しい出発の試みが起きていました。<br />
その一つに津波によって多くの船を失ってしまった漁師たちが陸に打ち上げられた船の中で使用可能なものを探し、それらを集めて修理し、みんなで漁に出ようと協力している姿がありました。<br />
「これは誰の持ち船だとか言っている場合ではない。<br />
残って使える船を仲間で共同して使い、漁を再開するのだ。<br />
」という言葉を聞きました。<br />
この言葉から、海の男たちの心意気がひしひしと伝わってきました。<br />
原始共同体を連想されるような労働集団ですが、その形態は厄介な人間社会の仕組みを取っ払った、きわめて自然な姿に感じられました。<br />
人は当初、この様に協力しあう仲間が集団で生活をはじめ、共に汗を流して収穫を分け合い、子供たちを育て共に生きる社会（コミュニティ）を形成していったことが思い起こされます。<br />
人間社会がこの原点を回復すること、すなわち、物質的な豊かさの中で、また人間が作り出した複雑な仕組みの中で、個人の責任で生きていくことばかりが優先され、隣人の心情が見えなくなっている現代社会の不健全さに気付くことが問題提起されているように思えました。<br />
そのことを海の男たちの再出発の姿が教えてくれたように思えます。</p>
<p>　バブル崩壊以来、日本経済は総崩れの状況です。<br />
「物作りの日本」は人件費の高騰で他国との価格競争に負けて立ち行かなくなりました。<br />
国際社会に向けた発信もできず、国としての発言力も低下し、低落傾向は長く続いています。<br />
にもかかわらず、過去の蓄積で国民はそれなりに安定し豊かな生活を保つことができていました。<br />
しかし、今回我が国は未曾有とも1200年ぶりともいわれる地震、津波、更には原発事故という大災害を被りました。<br />
自分は安全と身を潜めている時ではなくなりました。</p>
<p>　被災者である彼らが自ら立ち上がり、仕事を開始しても決して状況は明るくはないと思われます。<br />
漁はできても市場は破壊され、それを流通させるルートや仕組みが断たれている状況があります。<br />
彼らの志を成就させるには被災していない我々が彼らを支えようとする姿勢と協力が重要となるはずです。<br />
家族であるから、親戚であるから、同郷の者であるからといった旧来の人のつながりを超え、自らが隣人となって被災した方々心情に目を注ぎ各自が応えられる支援をすることが、この危機を乗り越える我が国の方向性を示しているように思えます。<br />
５月の連休には全国から被災地にボランティアとして被災地に馳せ参じたいとボランティアの希望者が大勢名乗りを上げ、現地では受け入れられないほどであったと聞きます。<br />
人は悲惨な状況を知れば、自分も何とか手助けをしたという善意、健全な気持ちが起こります。<br />
教会はそれを聖霊の導きと呼び、信仰者は神様が我らと共にいましてなすべき業を促してくださると感じるのです。<br />
私たちに第一に必要とされることは被災者を隣人として受け止め、関心を持ち続け、その状況を理解することであると思われます。<br />
状況が分かれば具体的に何をなすべきかは個々の人に示されるものと思います。</p>
<p>地震・津波によってすでに亡くなられた多くの方々に対して、私たちはただ、魂の平安を祈りその霊を神様の御手にゆだねることしかできません。<br />
その方々の無念の思い、残された人々への思いを受け止め、我々が被災者への支援を心がけることがこれらの方々の霊に報いることになると存じます。</p>
<p>個々の人にできることは決して大きなことではないでしょう。<br />
しかし、大切なことは自らが隣人となって被災した方々の心情に目を注ぎ各自が応えられる支援をする心を持ち続けることであり、多くの国民のその思いが集結された時「皆で支え、共に生きてゆく新しい人間社会」を創ることにつながるのだと信じるものです。<br />
それを成し遂げ世界に示すことで日本の存在意義を国際社会に示すことができるのではないでしょうか。<br />
戦争の悲惨さ・愚かさを骨の髄まで体験した日本、富と豊かさだけでは人は幸福にはなれないことを知った私たち日本人は、いま人間にとって本当に大切なものは何であるのかを学ばされているように思います。</p>
<p>「肩たたき隊」を結成し、被災した人々にひと時の安らぎを届けてくれた子供達、被災というこの厳しい経験を負の遺産とすることなく糧として明るくたくましい生き方をしていただきたい、いつまでも周りを照らす光の子であってほしい、と心から願います。<br />
この子たちからあの笑顔を奪ってはならない。<br />
将来に希望を持ち続けることができるように大人達は見守り支援したいと思うものです。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>第３４話　宗教に頼るのは弱い人間のすることなのでしょうか？</title>
		<link>http://shibuya-michael.com/2011/07/1303</link>
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		<pubDate>Sun, 17 Jul 2011 06:53:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Yuichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[信徒コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[宗教なんて弱い人間が求めるもので、健康で元気な人間はそんなものに頼ったりしないといわれる方がよく居られますが、はたしてそうなのでしょうか。
神様に聴き従って生きるとは自らの努力を放棄し、自立心を喪失した生き方では無いと思 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>宗教なんて弱い人間が求めるもので、健康で元気な人間はそんなものに頼ったりしないといわれる方がよく居られますが、はたしてそうなのでしょうか。<br />
神様に聴き従って生きるとは自らの努力を放棄し、自立心を喪失した生き方では無いと思います。</p>
<p>　人が他者に頼るという行動はどんなときになされるかを考えてみましょう。<br />
まず、この世に生を受け生まれ落ちた時点で、赤子は人（主として母親）の援助なしに生きることは出来ません。<br />
この時点での人の自活力は他の動物と比べて極めて低いと言われます。<br />
母親に見捨てられた赤子は死ぬ運命にあるといえ、例外なく、全面的に他者への依存によって生かされています。<br />
では、成人した人間が困難に遭遇したときはといえば、他者に頼る前に経験から学んだ手法で自らその困難を克服もしくは回避しようとする行動を起こします。<br />
多くの場合、それで対応が取れるのですが、自分一人の手に余る場合もあり、そんなときに他者の援助を求める行為が採られます。<br />
他者の助けを借りることで困難を克服できることもありますが、人が生きていくという過程では、人智の及ばぬ事柄にもまま遭遇します。<br />
人が協力しあってもどうにも解決できない問題があり、そんなとき人は神様に助けを求めます。<br />
この態度はよく「困ったときの神頼み」といわれ、揶揄されますが、人として至って自然な行動であると私には思われます。<br />
揶揄する人の心には自ら努力しようともせず神様に頼る「怠け者」という思いと、「助けてもくれない神様に頼る愚か者」という気持ちが潜在しているように思われます。</p>
<p>さて、皆さんはマザーテレサという方をご存知でしょう。<br />
どんな働きをされた方かよくは知らないという方もおられるかもしれませんが、インドで臨終が近い身寄りのない路上生活者を、せめて人生の最後は人間らしく旅立たせたいと世話をして看取る働きをされ、ノーベル平和賞を受けた人と言うことはご存知の方が多いでしょう。<br />
この方はローマカトリックの修道会の修女さんでした。<br />
「神の声」を聞き、伝統ある修道会を出て、貧しい人、困っている人たちを助けることを決意し、カルカッタにあるスラム街に移り住んで、孤児やハンセン病の人々の為に救済活動をはじめました。<br />
極貧の人に奉仕する「神の愛の宣教者会」を開設し、新設の修道会の責任者（マザー：霊母）となり、インド国籍を取得し、1952年に行き倒れの人々や重症の人々を収容する「死を待つ人々の家」を設立したのです。<br />
そして、マザーテレサはケアする相手に決してキリスト教を押しつけることはなく、本人の宗教を尊重し、その者の宗教のやり方で看取っていました。<br />
バチカンや修道会といった教会組織からの資金援助を期待することもなく、一人貧民街に飛び込んで地道に奉仕活動に励まれました。</p>
<p>皆さん、このマザーテレサを弱い人間だと思われる方はありますか？確固たる信念と、実行力を備えた強い人であったと思われるでしょう。<br />
確かに、我々の目にはそのように映ります。<br />
しかし、マザーテレサはいわれます。<br />
「人からソーシャルワーカーと呼ばれることには耐えられません。そして社会奉仕をしていたのだとしたら、わたしはとっくにやめていたでしょう。」と、「自分達は弱い人間で力などありません。自分の努力・精神力では仕事は成し遂げられません。私達はイエス・キリストに従っているだけです。臨終が近い身寄りのない路上生活者の世話をしておられるのは主イエスご自身であり、傍にいる私達は自分に出来ることでその手伝いをしているだけです。弱い人間を強い神様が使って下さるのです。」<br />
無理を背負うのではなく自分に出来ることをする、足りないところは主イエスが担って下さるという意識で働いておられた。<br />
現場にいる自分の傍にはいつも主イエスがいて下さるという確信（信仰）があり、自分の持っているものは弱さをも含めてみんな主イエスにお預けし、自らを無にして祈りつつ安心して主イエスについて行くキリスト者の姿が見てとれます。</p>
<p>人は問題意識を持ち、自らの努力でそれに立ち向かおうとしても無理が溜まり疲れ果て、挫折してしまうのが関の山です。<br />
私のような信仰が薄い軟弱者は<br />
「私に出来るのはここまでです。もう無理ですこれ以上何も出来ません。」<br />
とすぐ弱音を吐いて現場から逃げだそうとしてしまいます。<br />
しかし、しっかりした信仰を持った人はたとえ自分が躓いてもそれは自分の弱さ故のこと、主イエスが躓かれることはないと信じて現場から離れることをしません。<br />
疲れて倒れても又起きあがって主イエスの手伝いを始めます。<br />
このような生き方は決して自ら努力しようともせず神様に頼る「怠け者」には見えませんし、「助けてもくれない神様に頼る愚か者」ともいえないでしょう。</p>
<p>聖パウロはコリントの信徒への手紙２の１２：１０で言っています<br />
「なぜなら私は弱いときにこそ、強いからです。」と。<br />
弱いときこそ強いということは矛盾した言葉のように聞えますが、これは真理と思われます。<br />
自分の弱さを自覚しそれをも主イエスに預けてしまった人の中に神様の強さが宿るということだと思います。<br />
この様な人は弱さに中に留まることはなく結局は神様によって強くされるのです。<br />
マザーテレサに限らず多くの聖人と呼ばれる人達の生涯がこのことを実証しています。</p>
<p>聖パウロは更に語ります。<br />
「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。」<br />
（フィリピの信徒への手紙４：１３）</p>
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