第35話 東日本大震災に見舞われた日本

2011年7月17日

3月11日に日本中を震撼させる東日本大地震が起こった。
太平洋プレートが日本列島に沈み込んでいることが要因とされますが、それに乗っかる形でぶつかり合っている日本列島の岩盤が500kmにも及ぶ幅で東方にずれ込むという現象であったとのことで前代未聞の大地震であった。
地震の規模はマグニチュード9.0というとてつもない値であり、宮城では震度7を観測した。
その地震の破壊力にもまして、その地震によって引き起こされた太平洋沿岸の津波の脅威に人々は打ちのめされた。
多くの人を街ごと飲み込み、町々の建造物が次々と流され、破壊されてゆく様は映像に撮られ、現場に居合わせた人だけでなく世界中の人々を震え上がらせた。
荒れ狂う自然現象の前に人間の存在のひ弱さ、無力の程を見せつけられた。
この度は原子力発電所の事故がこの地震・津波によって誘発され、この人災的色彩の濃い災害までも重畳され、被災者の苦難は倍増している。

この大惨事は奇しくも教会の暦では復活祭(easter)の準備の厳かな季節である大齊節(lent)に起こった。
昔の人はこのような惨事が起こると、これは人間の傲慢に対する神の怒りだと受け止めることが多かったようだ。
今回、東京都知事のI氏が「これは天罰だ」と発言し、多くの人々の反発をかってしまった。
昔の人に近い発想からの発言であったかもしれないが、被災した人たちが神の怒りを受けるような行状をしていたかのように思わせるこの発言は失礼極まりないという人々の反応であったと思われる。
当初発言を撤回しないと頑張ったI都知事であったが、結局失言を認め撤回した。

小生も、この大震災が神様の罰であったとは思えません。
第12話でお話しいたしましたように、私たちの周りで不条理と思える出来事はまま起こりますが、これは神様が直接手を下されたものではないと思います。
神は天地を作りその管理を人にゆだねられた。
人の心への働き掛けはなさるが、むやみにこの世の事象に直接手出しなされない方と理解しています。
神様は罰を与えたのではなく、この世の出来事に目を注ぎながら、多くの人の命を絶ち、多くの怪我人を出し、家族を失い、家を失い、仕事を失った被災者の痛みを人と共に受け止め、「我が子(人間)よ、私の与えた天地は自然の恵みが豊かだが、時としてこの様に荒れ狂うものでもあるのだ。
今回の悲惨な現実をどのように受け止め、この困難をどのように乗り越えたらよいと思うのか。
」と人々に問うておられるように思われます。

このような悲惨な状況の中でも、私たちは心に安らぎを覚え、勇気を与えられる出来事に出会うことがあります。
この度は避難所で自身も避難民である被災した子供たちが健気にも「肩たたき隊」を結成し、ボランティアとしてお年寄りを訪ね肩をもみ叩いている姿がそうでした。
子供たちの笑顔が、飾らない善意が人々の心にひと時の安らぎを与え、生きてゆく希望を呼び起こしました。
その様子を映像で見た私たちもが癒された思いでした。
日本社会でこのようなボランティア活動が根をおろしたのは阪神淡路大震災のときであったように思えます。
家族であるから、親戚であるから、同郷の者であるからといった旧来の人のつながりを超え、自らが隣人となって助けにゆくというボランティアの存在は被災された方々の力強い支えとなっています。
この度はかつての恩返しと阪神や新潟地方の方々をはじめ、日本中からのボランティアがかけつけ活動を開始しています。
支援物資が全国から、外国からも届けられ義援金も集められています。
人間に備えられている美しい一面を垣間見る思いがします。
普段、順調に生活が営まれている時には他者を思いやることよりも他者に負けないようにと競う姿ばかりが目に付いてしまいますが、この出来事を通して私たちは忘れかけていた「人は一人では生きてゆけない。
助け合って、励ましあって共に生きよう」という人間の本来的な心を呼び覚まされた思いがします。
しかし、私たち人間はこれほどの大きな犠牲を払い、それを目にしなければそのことに気づくことができない存在なのでしょうか。
今回の出来事は豊かで安定した社会で暮らしていた私たち日本人に突き付けられた厳しい現実ではありますが、失ったものを数えるのではなく、混乱の中で弱者を切り捨てることなく、皆で支え、共に生きてゆく新しい人間社会を創る時ではないでしょうか、否、それを成し遂げ世界に示さなければ日本は国際社会の中での低落傾向をさらに加速し、落ちこぼれの存在となってしまうでしょう。

この大惨事は教会の暦では復活祭の準備の厳かな季節である大齊節に起こったと申し上げました。
復活祭前の日曜日を除く40日間が大齊節であり、最後の一週間は聖週と呼ばれ、最も厳かな期間となります。
聖木曜日は主イエスが弟子たちと最後の晩餐を取られた後にユダの訴えにより祭司長達に捕えられた日、翌日の聖金曜日は総督ピラトに引き渡され、無理やり十字架刑に処せられた受苦日を記念する日となっています。
2000年前、弟子たちは仕事も、家も、家族も放置してイエス様に従って、三年もの間ユダヤのあちこちを旅してきました。
彼らは貧しい者、弱い者であっても決して蔑ろにされることのない、皆が共に生きる新しい価値観の「神の国」の実現は近いと夢見て主イエスに従ってきたのでした。
すべてをこの方にかけていたにもかかわらず、この頼みとする先生がユダヤ教の指導者たちに捕えられ、あっけなく死刑にされてしまったのでした。
弟子たちの先頭に立ち、愛の革命を指導してこられた主イエスが、結局はこの世の権力者にねじ伏せられ、抹殺されてしまったという現実の前に、弟子たちは挫折し絶望のどん底に突き落とされてしまったのです。
しかも、関係者であることが分かれば自らの身にも累が及ぶという恐怖にさいなまれながら、居所に身を寄せドアには鍵をかけて人目を忍んで潜んでいました。

命からがら高台に避難した今回の被災者は、高台まで辿りつけなかった人々が津波に巻き込まれ、家や車と共にさらわれてゆく様を目の当たりにし、さながら地獄絵巻を見せつけられる苦しみを味あわれたことでしょう。
自らの命は繋ぎ止めたものの、配偶者、親子兄弟、友人、知人、多くの仲間を奪われ、更には家を、持てる物のすべてを失い、気が付いてみれば仕事さえもなくしていたという現実の中で、将来への希望を根こそぎ奪われ、絶望のどん底に突き落とされた被災者の心境は察するに余りあるものがあります。

被災から42日目に受苦日を、その二日後に復活祭の日を迎えました。
日本中のキリスト者は被災者の心情と主イエスを奪われた弟子たちの心情、すなわち、希望を完全に奪われ、絶望のどん底に突き落とされた者達の思いを重ねていたことと推察します。
聖書は金曜日の午後十字架上で亡くなられた主イエスが日曜日の朝復活されたと記しています。
居所に身を寄せドアに鍵をかけて潜んでいた弟子たちの真ん中に主イエスが現れて立ち、「あなた方に平和があるように」と言葉をかけられたと聖書は伝えています。
この「平和」という言葉、原語は「シャローム」というヘブライ語ですが、この言葉は単に、争いのない、平和な状態をいうのではなく、平穏、無事、安心、安全あるいは健全、成熟といった人の心の状態を意味していることから、教会では「平安」と訳されることも多いのです。
弟子達に発した主イエスのこの言葉は「私はいつも君たちと共にいるのだからまずは安心しなさい。
そして、希望を失わず、勇気を出して、福音を述べ伝えなさい。
」という励ましの言葉であったと小生は理解します。
その場に居合わせなかった弟子のトマスは、亡くなられた主イエスが復活して姿を見せたなんで、あり得ないことだ。
私は復活された主イエスの手のひらに空けられた釘の穴にこの指を差し込むまでは絶対に信じないと強い拒否反応を示したと聖書は伝えています。
トマスは自らが他の弟子達と共にいる時に再び御姿を現わされた主イエスを見て彼も信じたとのことです。
「トマス、私を見たから信じたのか?信じない者ではなく、信じる者となりなさい。
」と主イエスはトマスを励まされたのでした。
死んだはずの主イエスが御姿を現わされたことにより、弟子達の不安と絶望は吹き飛んでしまいました。
権力者による迫害を恐れることなく、主イエスの復活の証人となって、福音を述べ伝えたと聖書に記されています。

 では、被災者の方々にはどのように希望が与えられるのでしょうか。
復活日を迎えた頃の被災地では被災された方々自身が気を取り戻し、いくつかの新しい出発の試みが起きていました。
その一つに津波によって多くの船を失ってしまった漁師たちが陸に打ち上げられた船の中で使用可能なものを探し、それらを集めて修理し、みんなで漁に出ようと協力している姿がありました。
「これは誰の持ち船だとか言っている場合ではない。
残って使える船を仲間で共同して使い、漁を再開するのだ。
」という言葉を聞きました。
この言葉から、海の男たちの心意気がひしひしと伝わってきました。
原始共同体を連想されるような労働集団ですが、その形態は厄介な人間社会の仕組みを取っ払った、きわめて自然な姿に感じられました。
人は当初、この様に協力しあう仲間が集団で生活をはじめ、共に汗を流して収穫を分け合い、子供たちを育て共に生きる社会(コミュニティ)を形成していったことが思い起こされます。
人間社会がこの原点を回復すること、すなわち、物質的な豊かさの中で、また人間が作り出した複雑な仕組みの中で、個人の責任で生きていくことばかりが優先され、隣人の心情が見えなくなっている現代社会の不健全さに気付くことが問題提起されているように思えました。
そのことを海の男たちの再出発の姿が教えてくれたように思えます。

 バブル崩壊以来、日本経済は総崩れの状況です。
「物作りの日本」は人件費の高騰で他国との価格競争に負けて立ち行かなくなりました。
国際社会に向けた発信もできず、国としての発言力も低下し、低落傾向は長く続いています。
にもかかわらず、過去の蓄積で国民はそれなりに安定し豊かな生活を保つことができていました。
しかし、今回我が国は未曾有とも1200年ぶりともいわれる地震、津波、更には原発事故という大災害を被りました。
自分は安全と身を潜めている時ではなくなりました。

 被災者である彼らが自ら立ち上がり、仕事を開始しても決して状況は明るくはないと思われます。
漁はできても市場は破壊され、それを流通させるルートや仕組みが断たれている状況があります。
彼らの志を成就させるには被災していない我々が彼らを支えようとする姿勢と協力が重要となるはずです。
家族であるから、親戚であるから、同郷の者であるからといった旧来の人のつながりを超え、自らが隣人となって被災した方々心情に目を注ぎ各自が応えられる支援をすることが、この危機を乗り越える我が国の方向性を示しているように思えます。
5月の連休には全国から被災地にボランティアとして被災地に馳せ参じたいとボランティアの希望者が大勢名乗りを上げ、現地では受け入れられないほどであったと聞きます。
人は悲惨な状況を知れば、自分も何とか手助けをしたという善意、健全な気持ちが起こります。
教会はそれを聖霊の導きと呼び、信仰者は神様が我らと共にいましてなすべき業を促してくださると感じるのです。
私たちに第一に必要とされることは被災者を隣人として受け止め、関心を持ち続け、その状況を理解することであると思われます。
状況が分かれば具体的に何をなすべきかは個々の人に示されるものと思います。

地震・津波によってすでに亡くなられた多くの方々に対して、私たちはただ、魂の平安を祈りその霊を神様の御手にゆだねることしかできません。
その方々の無念の思い、残された人々への思いを受け止め、我々が被災者への支援を心がけることがこれらの方々の霊に報いることになると存じます。

個々の人にできることは決して大きなことではないでしょう。
しかし、大切なことは自らが隣人となって被災した方々の心情に目を注ぎ各自が応えられる支援をする心を持ち続けることであり、多くの国民のその思いが集結された時「皆で支え、共に生きてゆく新しい人間社会」を創ることにつながるのだと信じるものです。
それを成し遂げ世界に示すことで日本の存在意義を国際社会に示すことができるのではないでしょうか。
戦争の悲惨さ・愚かさを骨の髄まで体験した日本、富と豊かさだけでは人は幸福にはなれないことを知った私たち日本人は、いま人間にとって本当に大切なものは何であるのかを学ばされているように思います。

「肩たたき隊」を結成し、被災した人々にひと時の安らぎを届けてくれた子供達、被災というこの厳しい経験を負の遺産とすることなく糧として明るくたくましい生き方をしていただきたい、いつまでも周りを照らす光の子であってほしい、と心から願います。
この子たちからあの笑顔を奪ってはならない。
将来に希望を持ち続けることができるように大人達は見守り支援したいと思うものです。