第57話 霊なる存在でもある人間の実態

2017年8月14日

人間は肉体をもった物理的存在であると同時に心の機能を備えた存在でありますから、単なる生物学的存在ではないことは多くの人が認めるところでしょう。人間は「肉と魂と霊の融合体」であるとし、その人間は神の形に作られていると聖書は語っています。原文のギリシャ語聖書では、体はサルクス(sarx)、魂はプシュケ(psuche)、霊はプネウマ(pneuma)と表記され、魂と霊ははっきりと区別されています。しかし、日本人は「霊魂」という言葉があることから分かるようにその区別は私達クリスチャンを含めて曖昧であるように思われます。そこで、「魂」と「霊」の違いを少し考察しておきたいと思います。しかし、この言葉の定義、理解についてはキリスト教会の中で必ずしも確立したものとは言えないようですので、ここではあくまでも小生の私見をご紹介し、皆様ご理解に役立てて頂ければと存じます。

初期キリスト教会の教父の一人であるテルトゥリアヌスは、「肉」(または物質的存在)を「魂のからだ」と呼び、魂を「霊の入れ物」と呼んでいます。この考え方はヘレニズム的思考二元論の影響が強く、聖パウロが聖書で語る「霊の体」、使徒信経にある「体の甦り」と異なるという見解があるようですが、私(門前の小僧)は心(人格)が「霊の入れ物」である「魂」に相当するものとこれに近い認識をもっております。ただし、肉体は滅びても魂は不滅という二元論を支持するものではありません。

キリスト者は洗礼によって自らの思いで生きる古い自分に死に、キリストに導かれる新たな道を歩むことにより、その魂は父なる神から聖霊すなわち、真理の霊を受けてその内に霊なる自己を成長させるのだと理解します。では「霊」なる存在は全て神に属するものかといえば、決してそうではありません。聖書は「悪霊」なる存在を明言しております。要するに、聖霊の導きの下に育つ霊は神に属するものといえますが、神に属さない世の価値観から育つ霊は悪霊ということになるのでしょう。

コリント一 2章10-12節は次のように記しています。「わたしたちには、神が“霊”によってそのことを明らかに示してくださいました。“霊”は一切のことを、神の深みさえも究めます。人の内にある霊以外に、いったいだれが、人のことを知るでしょうか。同じように、神の霊以外に神のことを知る者はいません。わたしたちは、世の霊ではなく、神からの霊を受けました。それでわたしたちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。」要するに、信仰者として生きる者は世の霊ではなく、神からの霊を受けて生きると言っています。神の霊に聴き従う神の国に属する生き方をするか、この世に属する生き方をするか、すなわち、この世の価値基準で生きるか、神の国の価値基準で生きるかという選択は、人それぞれの自由意志にゆだねられています。このことは神様が各自に「お前はどのような生き方をするのか?」と問われている事柄に他なりません。

更に、聖パウロはコリント二 3章5-6節に「わたしたちの資格は神から与えられたものです。神はわたしたちに、新しい契約に仕える資格、文字ではなく、霊に仕える資格を与えてくださいました。文字は殺しますが、霊は活かします。」と記しています。ここで「文字」とはトーラ(律法)のことを意味しています。イエス時代のユダヤ教徒は、律法を守る生き方こそが、神の民として正しい生き方であると確信していました。主イエスは、頑ななまでに律法を遵守するあまり、その法文にがんじがらめになって、日々を送り、更にはその禁欲的な生き様の故に自分たちは神様から正しい人と認められていると思いあがっていたファリサイ派の人々を徹底的に非難しました。主イエスに出会う前のパウロ(サウロ)は典型的なファリサイ人でありましたが、主イエスとの出会いによって律法の遵守による人の義の確信を木端微塵に打ち砕かれ、「人が義とされるのは律法によるのではなく、信仰による。」ということを確信しました。「信仰によって義とされる生き方」とは聖霊の導きの内に歩む生き方に他なりません。律法による義を捨て聖霊の導きに従うこと、これが聖パウロの悔い改め(メタノイア)の核心であったと思われます。

私たち人間はいずれこの世を去ることになります。その時、魂の入れ物である肉体は誰しも脱ぎ捨てなくてはなりません。魂もその内に神に属する霊なる自分が育っていなければ、肉体と共に朽ちていくことになります。この世に生かされている今の時に、信仰者は聖霊の導きの内にキリストの体に連なる霊に育てられ、この世の領域を超えた存在とされるのだと思います。キリスト者はキリストの贖いの内に既に自分が固有性(identity)を維持したまま共同体の部分(一員)とされていることを、感謝の念をもって自覚したいと思います。

 

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