第13話 人は神の形に作られている

2009年7月12日

旧約聖書の創世記1章26節27節 には

「神はいわれた、『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。』神はご自分にかたどって人を創造された。
神にかたどって創造された。男と女に創造された。」

と記されている。

これは神様が我々と同じ二足歩行の両手使いで、人間のような目鼻立ちの姿・形をしているという意味では勿論ない。

「神のかたち」Imago Deiは、エリクソンという神学者によるまとめでは歴史的に3通りに解釈されてきたようである。

1つは実体的見解といわれるもので、「神の性質を分け与えられ、知性と感情、意志をもつ存在であること。」とされ、一番オーソドックスで伝統的な解釈とされているものである。

2つ目は関係的見解といわれるもので、「神と関係をもち、応答できる能力を指す。」とされ、神学者であるブルンナーやバルトに代表される解釈である。

3つ目は機能的見解といわれるもので、「神の代理人としての統治権をさす。」という聖書の文脈に重点をおく理解である。

まあ、神学者の説明は分かり難いという方のために、例によって、小僧の分かり易い70点解説を致しますと、

「神の形」とは一言で言えば「神の心を知ることのできる者」、すなわち、善悪を考え、他者を愛する心、美しいものを美しい、悲しいことを悲しいと感じる感性を持ち、自らの行動を決める自由意志、そして工夫をしてものを作る能力が備えられた霊なる存在といえるように思います。

ただし、人にはものを作る能力が与えられているといっても自然法則を利用した範囲のもので、神様のように無から有を造る能力は備えられておりません。

人間が他の動物とどこが異なるかといえばこの「神の心を知ることのできる者」として造られている点ではないかと小生は思っています。