第32話 沖縄愛楽園の方々との出会い

2010年7月18日

私が長屋形態の夫婦舎に住んでいるある夫婦を訪ねた時のことです。 タンスの上から巻かれた茣蓙をもってきて縁側に敷 […]

第31話 沖縄愛楽園訪問

2010年7月11日

私が初めて沖縄を訪問したのは沖縄の本土復帰の年(1972年)であったと記憶している。当時教会の学生達がO氏を中 […]

第30話 和解の出来事

2010年6月13日

 これも25年ほど前になるでしょうか。フィリピンの北部山岳地方でのボランティア活動を行なった学生達の体験話です […]

第29話 「孫に教えられ」の手記を添えた義援金

2010年6月1日

 これはたしか200万人とも言われた大量の餓死者を出した1960年末期のビアフラでの大惨事の際の話であったと記 […]

第28話 宗教はどれも同じなのでしょうか?

2009年12月13日

 宗教は山登りと同様、目指す目的地(頂上)は皆同じで、そこへたどり着く道が違うだけだと言われる方がよく居られま […]

第27話 自然現象に神の業を見る

2009年11月29日

 前回、「世の光となりなさい」という主イエスのみ言葉について考えました。今回は一寸横道にそれるかもしれませんが […]

第26話 世の光、地の塩となりなさい。

2009年11月21日

「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役に […]

第25話 日本におけるキリスト教宣教

2009年11月15日

日本のキリスト教(ザビエル時代に遡るローマカトリック教会を除く)は2009年の今年、宣教150周年を迎えました […]

第24話 わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。

2009年11月9日

 標記の言葉は、イエス様が徴税人マタイの家で彼と一緒に食事をしていたとき、ファイサイ派の人がイエス様の弟子に「 […]

第23話 「赦す」ということ

2009年10月31日

 前回のテーマ「赦し」についてもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。キリスト教では「赦す」という行為を重要 […]

4 / 7« 先頭...23456...最後 »